【漢方処方解説】桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)・後編

桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)・後編

<目次>

■実感と古典とから紐解く・桂枝加竜骨牡蛎湯とは②
1、血行を促す・単純な効果に秘められた効能
2、実感から読み解く・桂枝加竜骨牡蛎湯の現実的な薬能
■実感を得るために・桂枝加竜骨牡蛎湯の運用上の注意
■「実感」から「理」へ・漢方処方理解への追求
1、血行不良の見極め・桂枝湯適応の血行不良「血痺(けっぴ)」
2、病の「流れ」を見極める・到達地点と方向性
3、「実感」から「理」へ・漢方処方を理解するとは?

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※前篇までのあらすじ
 頻用処方の一つ、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)。この処方は有名である一方で、非常に理解することが難しい処方でもあります。その理由はこの処方の骨格である桂枝湯(けいしとう)を理解することが難しいからです。
 理屈で説明することの難しい処方「桂枝湯」。しかしこの処方は実際に効果を発揮した時の「実感」から紐解くと、実は単純な薬能を持つ処方でもあります。桂枝湯が効く時、多くの患者さまはこう表現されます。「温泉に入った時のように体がポカポカと温まる」と。つまり桂枝湯は身体の血行を促進する効能を持っているわけです。
 血行を促す薬能、この事実は、実は漢方の聖典にすでに記載されていたことでもあります。古典では「血痺虚労(けっぴきょろう)」つまり「血行が悪くなることで疲れてしまった」という病に桂枝湯類を使用することがすでに示唆されていました。そしてこの事実を認識していた江戸時代の名医「後藤昆山(ごとうこんざん)」は、桂枝湯に温泉療法を併用するという、血行促進をとことん追求する治療方法を様々な病に応用していきました。血行を促進することで治るのは冷えや疲労だけではない、その事実を昆山は熟知していたからです・・・。

【漢方処方解説】桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)・前編

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■実感と古典とから紐解く・桂枝加竜骨牡蛎湯とは②

1、血行を促す・単純な効果に秘められた効能

血行が良くなることでの心地よさ。この現象をつぶさに観察していくうちに、古人は血行が良くなることで取れるのは疲労や冷えだけではないということに気が付きました。

たとえば「日々の悩みで頭がいっぱいで、あまりよく眠れない」という方がいたとします。その方が温泉に入ったら、体があたたまってぽーっと眠くなり、なんか色々と悩むのも馬鹿らしくなってぐっすり寝てしまったとします。このようなことは現実的に起こり得ますし、特に珍しいことでもありません。血行が良くなったら緊張の糸が緩み、興奮がスッと治まったという現象です。

そして古人は気が付きます。なるほど血行を良くすると不安や焦りが無くなって気持ちが落ち着くのかと。そしてこの発見から桂枝湯の薬能に新たな可能性を見出します。そしてこの方向性に効果を高めるべく、桂枝湯に竜骨・牡蛎を加えた、こうして作られた処方が桂枝加竜骨牡蛎湯です。

2、実感から読み解く・桂枝加竜骨牡蛎湯の現実的な薬能

つまり桂枝加竜骨牡蛎湯とは「温泉に入った時に感じる、心地よい脱力感を導く薬」です。血行が良くなることで悩みがどうでも良くなってくる。現実的に起こり得るこの現象こそが、桂枝加竜骨牡蛎湯の薬能の土台になっています。

したがって桂枝加竜骨牡蛎湯で治めることができる緊張と興奮とは、血行を促すことで取れるものと言う事ができます。体の芯がホカっと温まった時に取れる緊張と興奮、それが桂枝加竜骨牡蛎湯で取ることのできる精神症状なのです。

単純な実感から紐解いた薬能。そこにこそ漢方処方の本質が隠されています。非常に感覚的な説明ではありますが、実際に使用した上での実感を込めて述べるならば、これが桂枝加竜骨牡蛎湯という処方の特徴です。

■実感を得るために・桂枝加竜骨牡蛎湯の運用上の注意

さて、桂枝加竜骨牡蛎湯は比較的頻用傾向にある薬です。したがって今まで服用したことがあるという方も多いのではないでしょうか。その中で、服用した後に体がホカホカと温まるという感覚を受けた方はいったいどれくらいいるでしょうか。おそらく、この感覚を受けた人はそう多くはないと思います。

その理由は2つあります。まず桂枝加竜骨牡蛎湯は「桂枝湯によって取れる血行不良」が生じている場合でなければ決して効きません。冷えとか疲労があるからといって、すべてが桂枝湯適応の血行不良というわけではありません。この処方を運用するためには、桂枝湯はどのような血行不良に対して効果を発揮するのかということを見極める必要があります。そのため一律的に用いたところで、効果を発揮するという保証はどこにもありません。

また桂枝湯の薬能はエキス顆粒剤と煎じ薬とで大きく異なります。おそらくエキス顆粒剤で桂枝湯を服用しても、体が温まるという感覚はほとんど起こらないと思います。つまり桂枝加竜骨牡蛎湯の本質的な薬能を知るためには、煎じ薬の服用が必須になります。桂枝加竜骨牡蛎湯のエキス顆粒剤に関しては、今回の説明が通用しない全く別の薬と考えて頂いた方が良いと思います。

■「実感」から「理」へ・処方理解の追求

ここからはさらに深く桂枝加竜骨牡蛎湯の特徴を解説してみたいと思います。少しマニアックというか、より実践的な内容になると思います。漢方家たちが本方をどのように理解し、運用しているのか。その現実的な所を解説していきたいと思います。

血行を促すことで治まる緊張と興奮、そこに適応するのが桂枝加竜骨牡蛎湯だと述べました。古人が気づいたこの薬能は本方の本質ではあるのですが、東洋医学の凄さはその単純な現象からさらに考察を深めていった所にあります。桂枝加竜骨牡蛎湯という処方の適応を、より具体的かつ明確に提示していったのです。

1、血行不良の見極め・桂枝湯適応の血行不良「血痺(けっぴ)」

血行不良によって起こる緊張と興奮、それを観察していくうちに古人はあることに気が付きます。一言に血行不良といっても様々な状態があるということ、そして桂枝湯にて改善できる血行不良は、その一部にしか過ぎないということです。

つまり、桂枝加竜骨牡蛎湯を使用する際には、ちゃんと桂枝湯にて改善できる血行不良かどうかを見極めなければなりません。いくら枝加竜骨牡蛎湯を使っても、それを一律的に使用するだけでは興奮や緊張が治まらないという事実を経験していったわけです。

したがって桂枝湯にて改善できる血行不良、つまり「血痺(けっぴ)」とは何なのかを考えるようになりました。そしてその考察を進めていくうちに、桂枝湯適応となる血行不良から発生した興奮・緊張の状態には、ある特徴があるということに気が付いたのです。

2、病の「流れ」を見極める・到達地点と方向性

桂枝湯適当となる血行不良を生じているケースにおいて、もしそこから興奮状態が発生し、しかもそれが長引くとどうなるのか。

まずフワフワとしためまいを生じてきて、さらに髪の毛が抜けやすくなります。また胃腸が壊れやすくなり、下痢をするようになります。そして性的情動にも乱れが生じ、生殖機能にも弱りが見え始めます。桂枝加竜骨牡蛎湯が適応する興奮状態には、どうやらこういう性質があるぞということを、古人は見出していったのです。

『金匱要略(血痺虚労病脈証并治第六)』
「夫れ失精家,少腹弦急,陰頭寒,目眩,髪落つ,脈極虚孔遅なれば,清穀亡血失精と為す,脈諸を孔動微緊なるに得れば,男子は失精,女子は夢交とす,桂枝加竜骨牡蛎湯之を主る」

これは桂枝加竜骨牡蛎湯の出典にて記載されている内容(原文)です。正しく桂枝加竜骨牡蛎湯の適応症状を示したものではありますが、ここで言っていることは「これらの症状が出ている場合に桂枝加竜骨牡蛎湯を使いなさい」という意味ではありません。

この条文に記載されている内容は、あくまで桂枝加竜骨牡蛎湯が適応となる興奮状態の「到達点」を示しています。そしてこの原文で本質的に言いたかったことは、この到達点を示すことで、その「方向性」を見極めろと言っているのです。

つまり、桂枝加竜骨牡蛎湯を用いる時には、この「方向性」を帯びた興奮を見極めなさいと示唆しています。桂枝湯適当となる血行不良であることを、さらに竜骨・牡蛎が適応となる興奮状態であることを、その流れの到達点を知った上で見極めなさい、ということ。桂枝加竜骨牡蛎湯はこのように理解しないと、運用することがほとんど困難になります。原文で紹介されている状態は非常に限局されています。しかし私の経験上、この処方はもっと広い幅をもって使用することのできる処方です。

病態とは常に「流れ」を持つという解釈。その前提をもって理解しなければ、漢方処方の運用の幅は広がりません。原文は原文として明確に理解しつつも、その文章の行間を読まなければならない。そうやって解釈しようと試みた時に、初めて漢方処方は現代にも応用が可能となります。

3、「実感」から「理」へ・漢方処方を理解するとは?

そして、実はここからが各漢方家による考察の舞台となります。この方向性とはいったい何なのかを見極めること。そして桂枝湯が適応となる血行不良とはいったいどういう状態なのかを知ること。それが処方運用の差、つまり各漢方家の腕の違いとなって表れてくるのです。

この舞台になって初めて出てくるのが、いわゆる陰陽や気血といった東洋医学特有の概念です。漢方を知る最初の着想はあくまで現実的に起こり得る「実感(もしくは現象)」にありますそれをどう理解していくかという舞台になって初めて「東洋医学理論」が必要になってくるのです

このような段階を経た解釈を行わないと、漢方処方のことはなかなか理解することが出来ません。桂枝加竜骨牡蛎湯は特にそのような「基礎に忠実な理解手法」が強く求められる薬方です。したがって、いきなり陰陽や気血といった言葉で理解しようとしても、解釈することはほぼ不可能だと思います。さまざまな所で解説されていることの多い処方ではありますが、どうしても理解しにくい理由の一つがこのような段階的解釈を経ずにいきなり東洋医学言語で解説を試みているからです。

私は患者さまに漢方薬を説明する際、これら東洋医学的言語をなるべく使わないようにしています。その理由は、「実感」こそが処方理解の第一歩だからです。効果として実感しやすい、イメージしやすい解釈から入ることこそが、漢方処方を理解する上で大切なことなのだと私は思います。



■病名別解説:「自律神経失調症
■病名別解説:「パニック障害・不安障害
■病名別解説:「不眠症・睡眠障害
■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈