【漢方処方解説】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)・後編

補中益気湯(ほちゅうえっきとう)・後編

<目次>

■史実から見える補中益気湯の薬能
■補中益気湯の特徴1:興奮を落ち着かせることで回復へと導く薬
■補中益気湯の特徴2:胃腸に優しく普段使い出来る薬
■補中益気湯の使い方
■補中益気湯の物語:天才・李東垣の本当の凄さ
■終わりに

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※前回までのあらすじ

中国・金元時代。蒙古軍(元)によって首都・開封を囲まれてしまった金朝は、さらに城内で疫病が大流行するという危機的状況をむかえていた。多くの死者を出したその理由は、当時行われていた治療方法にあった。発熱すればそれを冷まし、下す(下痢をさせる)という手法。これによって兵士はさらに体力を消耗させ、死期を早めることになった。
この時城内にいた医師「李東垣(りとうえん)」は、これらの治療方法に疑問を呈し、今までにないやり方で発熱を解除させる処方、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を創製する。「身体が消耗することで止まない火が起こる」という着想のもと、体力を補って火(興奮)を治めるという方剤を創立したのである・・・。

【漢方処方解説】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)・前編

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■史実から見える補中益気湯の薬能

前回、金元時代の史実に基づき、補中益気湯創立の物語をご紹介いたしました。そこで今回は、それらの史実から補中益気湯の本質的な効能を紐解いていきたいと思います。

史実から判断すると、まず補中益気湯は以下のような特徴を備えた処方だということが分かります。

1、身体の火(興奮)を鎮めるための処方であるということ。
2、消化機能を鼓舞することで火を沈静化させようとした処方であるということ。

兵役下の感染症に用いられていた本方ではありますが、補中益気湯は決してそのような特殊な状況だけに用いる薬ではありません。上記の2点を踏まえると、補中益気湯をどう現代で応用していくのかが見えてきます。さっそく解説していきましょう。

■補中益気湯の特徴1:興奮を落ち着かせることで回復へと導く薬

まず理解しなければいけないこと、それは本方が火(興奮)を落ち着けるための処方だということです。

疲労を去るという薬能が主として取り上げられていますが、それはあくまで疲労を継続させている火(興奮)を落ち着かせるからです。疲労回復の薬能は、火を治めるという薬能から二次的に発揮されているに過ぎません。つまり火(興奮)によって消耗した疲労状態で無ければ、本方をいくら使ったところで疲労を回復させることは出来ないのです。

では火(興奮)によって疲労している状態とはいったい如何なる状態なのでしょうか。実はこの火は決して稀に起こるものではありません。誰であっても起こり得る、非常にありふれた病態です。

人は何かに集中し、頑張り続けていると、普通は疲れを感じて頑張り続けることが出来なくなります。もう眠たい・休みたいとなって、頑張ることが出来なくなることが普通です。

しかし頑張り続けているうちに逆に頭が冴えて、いつまでもやり続けることが出来るような状態になることがあります。徹夜を続けているうちに逆に眠たくなくなり、気分がハイになってエンジンがかかりっぱなしになってしまうような状態です。

連日仕事を頑張っていたり、目標に向かって日夜集中を続けている時などに、このような状態を経験されたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。李東垣から言わせれば、この休まなくても出来てしまうという状態こそが火(興奮)です

頑張るという生命力の発露であると同時に、いつまでも身体のガソリンを燃やし続けてしまう元気の賊(ぞく)。そしていつまでも頑張り続けるとともに、睡眠不足や食事の不摂生が重なると、その火(興奮)はさらに燃え上がります。疲れをちゃんと感じることができない、休もうと思っても深く休めない、そういう興奮状態を継続させてしまうことになるのです。

つまり補中益気湯は、このような頑張り続ける体にブレーキを踏ませる薬です。火(興奮)を落ち着かせることで体にちゃんと疲労を感じさせるそして深い眠りを導きその結果体力を回復させる薬なのです。

そういう意味で補中益気湯は、決して体力が無い、疲れて動くことが出来ないという場において用いるべき薬ではありません。むしろ頑張り続ける体力がある方こそが陥る興奮状態と疲労状態にこそ、補中益気湯はその薬能を発揮するのです。

■補中益気湯の特徴2:胃腸に優しく普段使い出来る薬

そしてもう一つ、本方は非常に穏やかな効果を発揮する優しい薬であるという特徴があります。

体を冷やしたり下痢をさせりといった体に負担を強いるやり方で火(興奮)を鎮めるのではなく、あくまで胃腸の働きを助けて穏やかに火を鎮めるというのが、本方の最大の特徴であり良薬たる所以です。

すなわち本方は、老若男女問わず誰にでも安心して使うことの出来る薬です。一部参耆剤(じんぎざい:補中益気湯のように人参・黄耆の生薬構成を持つ方剤)にてニキビやオデキといった化膿が悪化するなどの弊害を除けば、疲労回復薬として誰しもが気兼ねなく服用することができます。

そして補中益気湯は、日常的な場でこそ効果を発揮することのできる処方です。先で述べたように、悪性腫瘍における免疫力回復や終末期医療といった体力が極端に落ちた状態で用いるべき薬というよりは、もっと身近で、もっと簡単に使われてこそ、その効能を発揮することができます。つまり普段使い・日常使用に適した疲労回復薬なのです。

例えば疲れた日の仕事帰りに、薬局に拠ってドリンク剤を買って飲むような使い方。私見ではこの時ドリンク剤を飲むよりもずっと、補中益気湯を飲んで寝た方が疲労が回復します。補中益気湯は、そういう使い方でまったくかまいません。それほど補中益気湯は優しく、そして体に馴染みやすい薬です。

■補中益気湯の使い方

人は誰だって疲労します。もともと体力があり、頑丈な体つきをしている方であっても、毎日頑張り続けていれば一時的に疲労することは当然あります。

そのような状況において、補中益気湯は非常に迅速な効果を発揮します。例えば以下のような使い方を是非お試しください。小難しい見立ては不要です。疲れた時、ゆっくり寝たいなという時、大病を患っていなくても是非日常的に活用してみてください。

・日常的に感じる疲労感に。
・今日は深く眠って疲れを取りたいなという時に。
・連日の忙しさの中、体調を壊したくないという方に。
・受験などの大切な日にのために体調を調えたいという方に。
・疲れが溜まり、日中頭がぼーっとして集中力が続かないという方に。

頓服的、一時的な服用でも構いません。これらの疲労に関しては、即効性をもって効果を発揮することが多いものです。ただし本方は服用後にしっかりと睡眠をとることが重要です。寝ている間に体に染み込み、寝起きと共に体がさっぱりとするという薬能を発揮するのが補中益気湯です。

■補中益気湯の物語:天才・李東垣の本当の凄さ

天才・李東垣。彼が作った補中益気湯は、彼が生きた時代においては相当に特殊な性質を帯びた薬でした。

興奮しているなら冷ませ、発熱しているなら下せ。そういう強引な治療法が普通とされていた時代、これほど優しく、誰しもが安心して飲める薬を作ったという事こそが、彼の本当の凄さだと思うのです。

戦時中に起こった疫病の大流行、そのような危機的状況であれば、本来であれば濃く・強い薬を使いたくなります。しかし彼はあえてサラリとした薄い薬を作りました。当時の常識に逆行するという意味においても、これは刮目するべき事実だと思います。なぜこのような状況下で、彼はこれほどまでに優しい薬を作ることが出来たのでしょうか。

それはきっと、彼こそが優しい人物だったからです。生真面目で遊ぶこともない。遊郭を嫌い酒を飲むことさえもない。一見臆病にさえ見える彼の人柄の奥にはきっと、人を包み込むような優しさがあったのだと思います。

この処方からは、そんな彼の人となりを感じることができます。天才・李東垣。補中益気湯創立の物語に見える彼の想像性と人柄こそが、約800年経った今でも名薬として残り続けている理由であるように思えてなりません。

■終わりに

名方、補中益気湯。今回はその本質的な薬能を、歴史的背景という視点から紐解いてみました。

このような解析は漢方治療を行われている各先生方が実際に行っているやり方です。漢方の素養や教養が、処方運用を大きく変化させる。そういう現実をご紹介する一例として、今回は天才・李東垣とその代表方剤・補中益気湯とをご紹介いたしました。

まだまだ再考の余地を残している見解だと感じています。歴史はそれ一つで学問です。新しい事実や本方のまた違った側面の発見によって、これらの見解は形を変える可能性が十分にあるでしょう。

しかしこのような探求が薬方運用という現実的手法と東洋医学のこれからのために必要不可欠であることは確かです。漢方家の責務である以上、一人一人がまた異なった見解を持っている可能性も当然あります。今回の内容も、あくまで一学徒の意見としてご紹介させていただきました。漢方の世界観に触れることで、東洋医学にご興味を持って頂ければ幸いです。



■病名別解説:「起立性調節障害
■病名別解説:「不眠症・睡眠障害
■病名別解説:「多汗症・臭汗症・わきが・すそが