【漢方処方解説】半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)・後編

半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)・後編

<目次>

■実際にどのように使うべき方剤なのか
■半夏厚朴湯・胃薬としての薬能に込められたもの
1、「心下(しんか)」が持つ役割
2、小半夏湯適応の「心下」の病変は二方向へと派生する
3、心下に溜まる水・「支飲」の昇霧と下降
■半夏厚朴湯創立の意図
■半夏厚朴湯運用のポイント・「水」への注目
■まとめ 〜半夏厚朴湯の解説を通してお伝えする「漢方薬を理解することの難しさ」について〜

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■実際にどのように使うべき方剤なのか

前回、半夏厚朴湯について、一般的な解釈として知っておいて欲しいことを解説いたしました。

前回の要点を簡潔に述べれば、「咽のつまり感を伴う自律神経失調に広く使われてはいるものの、それだけの目標ではあまり効きませんよ」ということでした。半夏厚朴湯を実際に効果を発揮できるよう使用するためには、かなり熟達した知識と経験とが必要になります。「気を整える」などという解釈だけでは効果的な運用は決して行えません。より深い造詣をもって使用しなければならない、いわば玄人向けの処方であると私自信は感じています。

前回はそのことを伝えるためだけに一項費やしたのですが、今回はその続編ということで、さらに深く半夏厚朴湯を解説してみたいと思います。難しい処方だと言うことはわかったけど、じゃあどういう処方なの?ということを解説出来ればなと思っています。

そしてこの「難しさ」を解説させていただくことで「漢方薬を理解することの難しさ」を感じて頂ければ幸いです。

ネットや本などでは、各漢方処方が簡単に理解できるよう解説されています。だからこそ、あえて理解することの難しさを説明したいと思います。

漢方を理解することは本来難しいものです。今回の解説は完全に医療者向けになると思いますが、漢方家が行う解析のままに半夏厚朴湯という処方の本質を探っていきたいと思います。

■半夏厚朴湯・胃薬としての薬能に込められたもの

前回の解説でも述べた通り、半夏厚朴湯の原型は、半夏・生姜という二味の構成からなる「小半夏湯(しょうはんげとう)」です。そして小半夏湯は嘔吐を止める胃薬であると述べました。

つまり半夏厚朴湯にも胃薬としての側面があり、この見解は臨床的にも実証できる本方の真の薬能です。ただし小半夏湯は単なる胃の薬では決してありません。より全身的に、より長期的に、体のある体質的傾向を調節する薬能を所持しているという臨床的な事実があります。

1、「心下(しんか)」が持つ役割

実は総じて胃の機能を改善する漢方薬には、その出典において単なる胃薬として説明されているものはほとんどありません。東洋医学は胃という部分に消化という機能以外の、ある特殊な働きを認めてきたという歴史があります。

漢方では胃部を「心下(しんか)」と呼びます。そしてこの部位をポイントに使用される漢方薬には、めまいを止めてみたり、動悸を止めてみたり、浮腫みを取ってみたり、息を深く吸えるようにしてみたりといった、単なる胃薬としての薬能以外の適応症が、多くの処方で示唆されています。

おそらく「心下」は身体の自律神経の過緊張状態を緩和させる要所です。古典を紐解くとどうしてもそう考えざるを得ず、さらにこの着想は臨床的にも正しいという実感があります。

半夏厚朴湯も間違いなく胃部、つまり心下より発する自律神経症状に対して適応する処方です。そして小半夏湯から厚朴・紫蘇葉という香り(気剤)を加味していることからも分かる通り、心下の不調より来る自律神経症状により重点を持たせるために、小半夏湯から改良された処方だと考えることができます。

2、小半夏湯適応の「心下」の病変は二方向へと派生する

さらに半夏厚朴湯の骨格である小半夏湯は、胃を介した自律神経症状を改善するというだけではありません。ある体質的傾向に対して適応する処方群の原型でもあります。

小半夏湯は半夏厚朴湯のみならず多くの処方の原型となる要剤ですが、歴史を経るにつれて、小半夏湯を基本とする処方群は二つの方向性へと変化していきます

この二方向性は、小半夏湯の構成生薬である半夏と生姜との薬能の差をもって作られるものです。気を降ろす半夏の薬能を主としたものと、気を持ち上げる生姜の薬能を主としたものとに別れていくのです。

例えば、前者の派生は温胆湯を導きます。逆に、後者の派生は六君子湯です。これらの派生は、実際に患者さまを見た時に、目に見える形で区別できる程の明らかな差として確認することが可能です。この時、二方向の病態を形作る鍵は、「形」たる陰の派生、つまり「水」です。

3、心下に溜まる水・「支飲」の昇霧と下降

人が水を飲むとき、胃に不調があれば先ずはそこで水が止まります。それが即ち「支飲(しいん)」であり、水はここからさまざまな方向へと体に滲み出していくと古人は考えました。

心下の詰まりが強ければ、水は下には落ちません。上方向に犯溢し、それによって上半身太りという体形を発生させます。この体質的傾向はすなわち温胆湯の適応者に属するものです。原型たる小半夏湯、つまり半夏・生姜という構成の中でも特に半夏に重きがあり、半夏の下方向の薬能をより強めるために、この時枳実という要薬が必要になります。

一方心下の詰まりが弱ければ、水は下に落ちます。胃を通過して腸にたまり、胃腸機能の弱りや下痢を招きます。水を上に上げる力がありませんので、上半身に肉付きが良いという体形はあまり形成されません。むしろ下腹部から骨盤、下半身が太りやすく、かつ消化機能が衰えるためそこまで大きく太ることができません。この場合は、生姜に重きが置かれます。この体質者は六君子湯の適応者に属するもので、蒼朮といった香気を含んだ油分で付着した水をさばく薬が選用されやすくなります。

このように小半夏湯を起点として二つの体質的傾向へと派生する中で、温胆湯や六君子湯という全く別の処方が編み出されてきたわけです。そしてこの方向性への派生を理解すると、半夏厚朴湯の薬能の新たな一面が見えてきます。

■半夏厚朴湯創立の意図

心下に溜まった水(支飲)が上に導かれる病態と下に落ちる病態。この二つの方向性のうち、半夏厚朴湯はどちらに類する処方なのでしょうか。実は、半夏厚朴湯に加えられた厚朴と蘇葉という二つの生薬に、その解答のカギが隠されていると考えています。

厚朴の薬能は下気、つまり腹中に溜まらんとする空気を下に追いやる薬能を有しています。つまり降気を行う半夏の薬能を強めるために加えられています。さらに紫蘇葉は発表、つまり胃・肺に溜まる気を上に解き放つ薬能を有しています。これは即ち生姜の薬能を強めるために加えられています。

すなわち半夏厚朴湯は、小半夏湯が持つ二方向性の原型たる薬能を崩さず、あくまで中位の方剤として編み出された基本処方です。

そのため実際の臨床においては固定した薬方として考えるべきではなく、半夏・厚朴、生姜・蘇葉の薬能を調節をもって運用するべき処方だと言えるのです。近年ではほとんどがエキス顆粒剤での運用が主とされていますが、その運用だけでは半夏厚朴湯が効きにくいという事実は、おそらくこの点が理由になっているのではないかと感じています。

■半夏厚朴湯運用のポイント・「水」への注目

そして半夏厚朴湯には適応する体質というものが確かにあります。そもそも小半夏湯は二方向性に導かれはしますが、その原型は共通しています。すなわち温胆湯に類する処方群と六君子湯に類する処方群とに適応する体質的傾向にはある共通点があり、それが即ち「水の犯溢」です。

半夏厚朴湯は気剤として有名ですが、それ以上に「水を治する薬」です。具体的には昭和の漢方家が「茯苓面(ぶくりょうづら)」と表現した見ため、つまり顔面や手足といった末端に見受けられるボテリとした浮腫みの傾向が適応者に見て取れます。

この張り出す浮腫みは胃気が強ければ上に持ち上がります。すなわち張り出す皮膚に張りが出て、上にグッと持ち上がった印象が出てきます。この見た目が則ち温胆湯の適応者です。面部であれば多くは頬にその傾向が見て取れます。半夏を主とし、厚朴を増やすという対応をもって半夏厚朴湯を運用します。

逆に張り出す浮腫みは胃気が弱ければ下にさがります。すなわり染み出す水に勢いがなく、下にさがっていわゆるボテリとした茯苓面になります。面部では多くが顎から首にかけての浮腫に出ます。即ち六君子湯の適応者です。生姜を主とし、紫蘇葉の量がキモになります。本人が飲みやすいという程度に調節することが大切です。

古人が茯苓面と言った浮腫はどちらかと言えば、下にさがる傾向のものを指しています。しかし半夏・生姜の薬能の差をもって言えば、少なくとも半夏厚朴湯の適応に見られる茯苓面は、このような二つの浮腫の傾向を発現してくるのです。

■まとめ 〜半夏厚朴湯の解説を通してお伝えする「漢方薬を理解することの難しさ」について〜

半夏厚朴湯の運用を骨格たる小半夏湯の方意から解説してきました。複雑で分かりにくいなと感じられた方も多いと思います。実際にその通りで、半夏厚朴湯はそれほど簡単には述べられない処方だと感じています。

有名であることは大いに結構なのですが、頻用された上で効かなければ、汚名を受けるのは半夏厚朴湯です。治療者一人一人がその運用上の難しさと向き合いながら使用するべき方剤、それが半夏厚朴湯だと思います。

また大塚敬節先生の書籍にもあるように、半夏厚朴湯は時に驚くべき効果を発揮する処方でもあります。私自身にもそのような経験がいくつかあり、そのたびに薬方運用の妙を考えさせられます。

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50代の女性。手足の震えと頭痛に悩まされていた方。脳に問題なく、特にこれといった既往歴もないが、口調から発する張り詰めた緊張感と、頬を中心としたいわゆる茯苓面を目標に半夏厚朴湯を使用。服用してから3.4日で頭痛が去り、小便が良く出てそのまま順調に回復へと向かいました。

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また同じく50代女性。面部に発生した帯状疱疹の後、数年にわたり顔面の神経痛が治らないという方。まぶたの痙攣と緊張感の強い語気、さらにやや下がり気味の茯苓面を目標に半夏厚朴湯を使用。一服にして体温まり、顔に血の気がさして痛み軽減。14日の服用で神経痛がほぼ気にならなくなりました。

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また半夏厚朴湯は単方としてではなく、他の処方と合わせることで偉効を発揮する処方でもあります。これらの経験を含めれば、確かに本方の名薬たる所以を感じざるを得ません。

実はここまで述べてきたことだけでは、まだまだ半夏厚朴湯の真意は語りきれないと感じています。桂枝ではなく紫蘇葉で持ち上げる意味、柴胡や香附子ではなくあくまで厚朴・紫蘇葉で動かすその真意、また本方を運用する際は水の下降に対する生体反応の緩・急を論じなければなりません。

臨床を通して感じた発見はまだまだ多く、かつ私自身もこれからさらに深めなければいけない処方の一つだと感じています。



【漢方処方解説】半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)・前編

<半夏厚朴湯が処方されやすい疾患>

■病名別解説:「自律神経失調症
■病名別解説:「パニック障害・不安障害
■病名別解説:「喘息・気管支喘息・小児喘息
■病名別解説:「更年期障害
■病名別解説:「逆流性食道炎