【漢方処方解説】半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)・前編

2020年03月25日

漢方坂本コラム

半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)・前編

<目次>

■頻用されている半夏厚朴湯・本当に効くのか?
■半夏厚朴湯を紐解く・その頻用されている理由
■半夏厚朴湯はどのような処方なのか
■半夏厚朴湯の現実的な使い方
 1.胃薬として使う
 2.咳止めとして使う
■実は奥が深い・半夏厚朴湯

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■頻用されている半夏厚朴湯・本当に効くのか?

今回解説する半夏厚朴湯は、心療内科・精神科領域において最も有名な処方と言っても良いと思います。「咽が詰まって息苦しい」など、咽に生じる違和感に対してファーストチョイスで使用されている処方です。病院にて出されて服用したことがあるよ、という方もかなりおられるのではないでしょうか。

このような現状の中で、私には少々疑問に思うことがあります。あくまで私自身の見解にはなりますが、半夏厚朴湯はその適切な使い方を掴むことが非常に難しい処方です。そのため、なぜこんなにも難しい処方が頻用されているのだろうと、違和感を感じてしまうのです。

漢方処方の中には、理屈は説明しやすいが実際に使ってみてもなかなか効かせることが出来ない、というものが結構あります。半夏厚朴湯はそういう処方の代表格です。現在の頻用されている現状を見ると、ただ咽の違和感という症状だけを目標にして、一律的に使用されているのではないかと思えてしまいます。

学問的にこういう処方ですと述べる人はたくさんいるけれども、実際の臨床で上手く使える人は実は少ないのではないでしょうか。的確に効果を発揮させるためには頭の中で理解するだけではなく、実際に用いて効果があったという実感を何度も何度も重ね、そこからこの処方の使い方を紐解いていく必要があります。

■半夏厚朴湯を紐解く・その頻用されている理由

「半夏厚朴湯」
出典:『金匱要略(きんきようりゃく)』
構成
・半夏(はんげ)
・生姜(しょうきょう)
・茯苓(ぶくりょう)
・厚朴(こうぼく)
・紫蘇葉(しそよう)

おそらく、この薬がここまで有名になったのは、昭和の名医・大塚敬節先生による功績だと思います。

大塚敬節先生はこの半夏厚朴湯を多用した先生の一人でした。この処方を実にさまざまな症候に対して応用されてきたご経験を持ち、それは先生の名著『症候による漢方治療の実際』によって世の中に広く伝わることになります。

この本の中で大塚先生は、半夏厚朴湯の適応症候として「めまい・精神異常・咽頭異物感・心悸亢進(動悸)・嚥下困難・月経異常」を上げています。さらに適応者の傾向として「不安感・神経症・とり越し苦労・用意周到さ」などと解説されています。

これらの記載から半夏厚朴湯には、「几帳面で神経過敏、緊張感が強く精神症状に悩む方に用いる薬」というイメージがつきました。したがって心療内科や精神科領域において頻用されるようになります。実際に大塚先生も心療内科領域の疾患に対して頻用していたようです。そのご経験から半夏厚朴湯の運用の妙を体得されていたのだと思います。

ただし、その大塚先生流の運用法を単に「几帳面で神経過敏、緊張感が強く精神症状に悩む方に用いる薬」と解釈して使用した場合、果たしてそれで本当に効くのかどうかは甚だ疑問です。

もしこれらの要素を半夏厚朴湯の適応症候とするならば、その適応範囲はあまりにも広すぎます。精神症状に悩む方では、そのほとんどに不安感や緊張感が介在しています。したがってこれらの要素のみで本方を使うと、ほぼすべての方に一律的に使用するという現象が起こることになります。

私の経験では、半夏厚朴湯はそれほど適応の的(まと)が広い薬ではありません。半夏厚朴湯を単方にて的確に命中させることは、それこそ名人芸だと思います。あらゆる書物に言えることですが、その著者が本の中で全てを語っているとは必ずしも言えません。大塚敬節先生は著書に記載していない何らかのポイントをもって半夏厚朴湯を選用し、有効例を積み重ねておられたのだと思います。その真意を掴まず半夏厚朴湯を使用したところで、大塚先生のように効かせることが出来ないのは当たり前のことだと言えます。

■半夏厚朴湯はどのような処方なのか

では、半夏厚朴湯が適応となる病態とはどのようなものなのでしょうか。

本方はある処方を骨格としています。「小半夏湯(しょうはんげとう)」という、半夏(はんげ)と生姜(しょうきょう)との二つの生薬から構成されている処方です。この処方は「支飲(しいん)」と呼ばれるみぞおちの水をさばく薬で、出典の『金匱要略』では「嘔(おう:吐き気や胃のムカつきなど)」を止める薬として紹介されている、いわゆる胃薬です。

さらにこの処方に茯苓(ぶくりょう)を足したものを「小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)」といいます。胃薬をさらに「めまい」や「胸苦しさ」へと適応を広げた薬です。イメージとしてはみぞおちに溜まった水が、胃から肺や頭の方にのぼって上に溜まっていく状態です。食後に胃がもたれてムカムカと気持ち悪くなるという方の中には、よくよく聞くとみぞおちから胸にかけてドクドクと動悸を打ち、頭がぐらっと重くなって具合が悪くなるという方が実際にいらっしゃいます。そのような場において使用される方剤が、この小半夏加茯苓湯です。

半夏厚朴湯は、この小半夏加茯苓湯に厚朴(こうぼく)と紫蘇葉(しそよう)とを加えた方剤です。つまり半夏厚朴湯も、その骨格である小半夏湯や小半夏加茯苓の方意を内包していて、その意味で間違いなく胃薬や肺の薬としての薬能を所持しています。

胃の緊張を取ることで、胃から上の詰まりを取る。則ち「胃や食道や肺の緊張を去る」というのが、本方の骨格から伺える薬能の一つであるわけです。

■半夏厚朴湯の現実的な使い方

そのことを踏まえて、半夏厚朴湯の具体的な運用方法を解説してみたいと思います。出来るだけ簡単にイメージできて、さらに比較的使いやすいという点から、以下の2つの適応を選んでみました。

1.胃薬として使う

半夏厚朴湯の適応病態の中でも、比較的散見される病態で、さらに即効性が取りやすいもの、その代表的な病が「神経性胃炎」です。何か嫌な思いをしたり、緊張する場面で、胃の辺りがムカムカと重くなり時に痛むという場に、半夏厚朴湯がスパッと効く時があります。

また、神経性胃炎だけではなく、単に食べ過ぎて胃がもたれるという状態でも構いません。誰でも良いというわけでは無く、ある体質の方に著効するという印象があります。その辺りの鑑別は経験によるところが大きいと思いますので、まずは服用してみて確かめるという手段でも構わないと思います。とにかく使ってみて効果を確かめてください。特に「紫蘇の香りが好き」という方であれば、一度使用してみる価値はあると思います。

さらに悪阻(つわり)の治療薬としても有効だと感じます。エキス顆粒剤で使う時には、お湯で溶かしてさらに生姜汁を一緒に混ぜて服用することもお勧めです。ただし厚朴には気を降ろす効果があるので、妊娠中はあくまで一時しのぎとして使用すると良いでしょう。

2.咳止めとして使う

風邪の後、いつまでも咳が止まないという状態に用いて良い時があります。

黄色がかった痰を多く排出させる気管支炎などの状態ではなく、咳喘息としてコンコンとした咳がしつこく続くという咳に適応します。曇りの日や雨の日など、気圧が急激に変わる時に何となく悪化するという咳に良い傾向があります。

その他やや特殊な例ではありますが、お年寄りに発生する心臓性喘息に効果的なこともあります。

■実は奥が深い・半夏厚朴湯

「咽のつまり」よりも起こりやすく、かつ効きやすいという点から、二つの適応を提示してみました。

これらの見解は昭和時代にもさんざん考察され尽くした手法であって、ある意味本方の王道の使用法だと言えます。胃の緊張を去るため、逆流性食道炎に対して茯苓飲に半夏厚朴湯を合わせるやり方は特に有名ですし、気管支喘息の寛解期に小柴胡湯と半夏厚朴湯を合わせる(これを柴朴湯といいます)やり方や、長引く空咳に麦門冬湯と半夏厚朴湯とを合わせるというやり方は、今でも一定の有効性を発揮する手法です。

ただし私見では、これらの運用方法だけでは半夏厚朴湯は語れないのではないかと思っています。

半夏厚朴湯の本質的な適応、その核となる着想はやはり本方の骨格である小半夏湯にヒントがあります。小半夏湯の真意をより深く理解することこそが、半夏厚朴湯の運用を知る手がかりになることは確かです。

今回、この解説にて言いたかったこと、それは「咽がつまるという状況でたくさん処方されている半夏厚朴湯だけど、実際にはそれだけではあまり効かないよ、使い方がとても難しい薬だよ。」ということです。それは今までの説明で何となく感じて頂けたと思います。ですので半夏厚朴湯の一般的な解説は、一旦ここで一括りしたいと思います。



【漢方処方解説】半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)・後編

<半夏厚朴湯が処方されやすい疾患>

■病名別解説:「自律神経失調症
■病名別解説:「パニック障害・不安障害
■病名別解説:「喘息・気管支喘息・小児喘息
■病名別解説:「更年期障害
■病名別解説:「逆流性食道炎

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