半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)
<目次>
半夏白朮天麻湯と李東垣の意図
半夏白朮天麻湯が効くめまい・頭痛・耳鳴りの特徴
半夏白朮天麻湯・その運用の実際
■良性発作性頭位めまい症
■メニエール病
■起立性調節障害(OD)
■慢性副鼻腔炎・後鼻漏
■夏バテ
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本方は、胃腸の弱い方のめまい・頭痛・耳鳴りの薬です。
水毒(水分の停滞や偏在)を治す薬として有名で、起立性調節障害やメニエール病などに使われています。
処方の構成を見てみると、胃腸の弱さを回復する六君子湯や、疲労を去り体力を回復させる補中益気湯の方意を基本として、そこに天麻や沢瀉などの頭部や耳部(内耳)に効果的な生薬を加えています。
そこで胃腸が弱く体力のない人のめまい・頭痛・耳鳴りの薬になるわけですが、確かに処方構成を鑑みるとそれも頷けるところです。
ただこの薬は、以前飲んだことがあるけれどあまり効果が無かったと言われることが多いという印象があります。
この薬を作ったのは、中国宗代の名医・李東垣で、名方・補中益気湯を作った人物として有名です。
稀代の名医が効かない薬を作るわけがなく、もちろん効くときにはちゃんと効く薬です。
それなのに何故そう言われてしまうのか。今回はこの薬を少し深堀りすることで、この薬の特徴を解説してみたいと思います。
半夏白朮天麻湯と李東垣の意図
李東垣の医説は、当時において、やや独特なものでした。
病の根幹を「脾胃の虚(胃腸の弱り)」と考え、さまざまな病を胃腸を立て直すことで改善するという手法を提唱しました。
感染症であろうが、めまいであろうが、とにかく胃腸にその病因を求めたわけです。
「胃気(食べたものを栄養にする力)が無ければ死す」という名言は、東洋医学の中でも真理を突いた口訣の一つだと思います。
半夏白朮天麻湯は、この医説をそのまま形にしたような処方です。
人参・黄耆・白朮・乾姜・生姜・陳皮の組み合わせは李東垣の得意とする所で、胃腸の機能を鼓舞せんとするこの処方の骨格です。
そのためこの処方はとにかく胃腸が弱い人に使うという点に帰結するわけですが、ただし単に胃腸が弱ければこの処方が適応するというわけではありません。
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ポイントは先ほどの名言「胃気無くば死す」にあります。
李東垣にとっての胃腸の弱りとは、その行きつく先が体の衰弱、つまり「食べたものを体の栄養にする力の弱さ」を指しています。
たくさん食べると胃がもたれるとか、早食いをしたら胃がすぐもたれるとか、そういう胃腸の弱さではありません。食べてもそれを栄養にすることが出来ないという、体の衰弱を伴う胃腸の弱りを指しています。
例えば、体が細く食べる量が少なく、食欲も湧きにくく皮膚は白いか土気色(くすんだ黄色)で、身体の栄養状態が見るからに悪い方。貧血の傾向も表れてきやすい状態です。そういう薄弱さ・線の細さを伴う胃腸の弱りであることが、本方運用の的になります。
しかしその一方で、体が強く弱り切っている、という状態に使う方剤でもありません。身体が骨と皮のようでふらふらで歩けず立ち上がることができないとか、一日中寝たきりで介護が必要な状態とか、そこまでの弱りを見せている状態では既に本方の適応ではありません。その場合は他の薬が用意されています。
つまり半夏白朮天麻湯は、ある程度の生活が出来ている状態において、食事を栄養とする力の弱さをもともと抱えている方、そういう範疇の中で運用の場を考えるべき処方だと言えます。
例えばもともと食が細く、四肢や指が細くて、時に病院で貧血を指摘されることがあるものの、仕事や家事などの日常生活は行えている方。ただし、決して活動的ではないというケース。そういう体質的傾向を持つ方のめまいや耳鳴り・頭痛に使うと、見事に的中することが多いものです。
通常、天麻や沢瀉などといった薬は、めまいや耳鳴り・頭痛に対して良く使われる生薬です。ただし胃気の弱さを持つ方では、これらの薬を大量に用いることができません。そこで李東垣はその解決策として、まず胃気を鼓舞しつつ、こられの生薬を少量入れることで、胃気に馴染みやすい、優しい薬を作った。そういう繊細かつきめ細やかな性格の李東垣だからこそ行えた、配剤の妙といったところでしょう。
半夏白朮天麻湯が効くめまい・頭痛・耳鳴りの特徴
このように胃腸の虚弱さや栄養状態の悪さからくるめまいや頭痛・耳鳴りというものは、そういう目でみると比較的多くの患者さまがいらっしゃいます。
しかし、飲んだけれどもあまり効かなかったと言われてしまうのは何故でしょうか。
その理由は、この薬が適応する症状の「強弱」を見誤っていることが多いからです。
半夏白朮天麻湯は決して強いめまいや頭痛、耳鳴りに効果を発揮する薬ではありません。
私自身の経験としてそう感じます。この処方は、虚弱な人が生じる、弱く・継続する・勢いのない症状に対して効果を発揮する傾向があります。
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例えばメニエール病のように、急激に回転性のめまいを発して嘔吐して如何ともしがたく、立つことも起きることもできないというめまい。また、片頭痛のように激しく痛み、生活が強く制限されてしまうような頭痛。また気が狂いそうなほど強く、かつ高い音で耳を劈く耳鳴りといった、突発的に起こる強い症状にいくら使っても効果はそれほど表れません。
服用することで食欲が出たり、胃腸の調子が良いという変化は起きるかもしれません。しかし、強い発作の頻度を減らすためには、この薬ではその薬効が「ぬるい」という印象があります。あくまで弱く継続して勢いがない症状を、穏やかに改善する処方です。
その理由は、おそらくこの処方の創製の意図にあります。そもそもこの半夏白朮天麻湯は、強い症状を素早く止めようという意図では作られていません。
胃気の弱さに対して配慮するために、全体の生薬量を少量に留めておく。その代わりに多くの症状を包括して治すために、多種類の生薬をまんべんなく入れ込む。
この処方には症状の的を絞ってピンポイントに効かせてやろうという意図は感じられません。あくまで少量多味にて構成し、穏やかに、マイルドに、そして胃腸の弱い方でも問題なく飲めるように、そういう優しい配慮が打ち出されている処方です。
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おそらく半夏白朮天麻湯の最大のポイントは、この優しさにあると思います。
良くも悪くも優しい薬。激しい症状に効かせることが出来ない一方で、穏やかに効かせることが出来るというのがこの処方の醍醐味です。
したがって、優しさこそが必要、という方において非常に効果的な薬だと言えます。江戸の名医・浅田宗伯はこう言っています。「老人虚人の眩暈に用いる」・「もし風雨のたびに頭痛を発し、或いは一月に二三度激しく頭痛嘔吐を発して何も食べられなくなるものは、半硫丸(今では使われない強い鎮静薬)を兼用しろ」と。
強力な発作には半夏白朮天麻湯だけではぬるいということです。この処方の適応範囲を正確に理解していたからこそ言える口訣と言えるでしょう。
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最後にこの処方が使われやすい各疾患ごとに解説していきます。
私見ではありますが、本方を運用した上での率直な感想を述べていきたいと思います。
半夏白朮天麻湯・その運用の実際
■良性発作性頭位めまい症
本方がめまい治療においてしばしば効果を発揮するのが、良性発作性頭位めまい症です。耳石が半規管に入り込み、リンパ液の流れを妨げることで起こると言われている本疾患では、理学療法にて耳石を元の位置にもどすことが主たる治療法になります。いわゆるめまい体操などで改善することも多い中、なかなか治らない方や、逆に体操を行うとめまいが強くなってしまう方がいらっしゃいます。そのような方では胃腸が弱く肢体が細い方や、比較的お年を召した方に多いものです。本方を長く続けながら体操を行うことで、改善するケースを散見します。
■メニエール病
頭位めまい症とは違い、突発的かつ強力な回転性めまいを起こしやすいメニエール病では、本方の適応者はそれほど多くありません。比較的胃腸が弱く虚弱な方に起こりやすい病であり、一見して本方の適応を伺わせるものの、半夏白朮天麻湯では内耳に貯留するリンパ液が取れず、なかなか発作を止めることが出来ません。まためまい発作は無く、耳鳴りが継続してしまっているケースにおいても、本方ではなかなか治らないというのが正直な所です。メニエール病では中途半端にしか効かない、という印象があります。
■起立性調節障害(OD)
食欲がない、体が細い、倦怠感が強い、そしてめまいや頭痛に苦しむ、という症状が主として現れる起立性調節障害では、半夏白朮天麻湯は比較的選択されやすい処方です。ただしこの病で起こるめまいや頭痛は、その程度が激しいものがほとんどです。そのため率直に言えば、やはり半夏白朮天麻湯では効果が薄いと感じます。理由は先に述べた通りで、本方は穏やかに優しく効かせることを主としており、強い症状を急速に鎮める処方ではないからです。本方を運用する際は、病状の強・弱の見極めが肝要だと感じます。
■慢性副鼻腔炎・後鼻漏
半夏白朮天麻湯が著効を示す病の一つが慢性副鼻腔炎です。副鼻腔洞に明らかな蓄膿があったり、急性発作を繰り返すような炎症の強い病態には効きません。そうではなく、数年という単位で慢性経過したもので、鼻づまりではなく後鼻漏を呈する方。薄く、粘度が低く、透明から白濁を呈する痰がひっきりなしに咽に落ちるという方に効く傾向があります。胃腸虚弱者やお年を召した方が悩む長年の後鼻漏には本方が良い。ただし少しばかりの合方や加減を必要とします。
■夏バテ
夏バテの処方としては清暑益気湯や補中益気湯・生脈散が有名です。しかしこの半夏白朮天麻湯も、夏バテには大変良い薬です。夏に食欲がなくなり肉の匂いを嗅ぐのも嫌でそうめんや果物ばかりを食べているという方。またクーラーによって体が冷えて、時に下痢をするという方。そういう傾向の中で胸のむかつきや吐き気、頭痛や弱いめまいを併発されていれば、本方が比較的簡単に的中します。この時、浅田宗伯が言うよに「足の冷え」が目標になります。暑さに弱く、冷えにも弱く、腹も弱くて疲れやすいという点。体の芯に熱っぽさがあるならば清暑益気湯が良いでしょう。
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■病名別解説:「めまい・良性発作性頭位めまい症・メニエール病」
■病名別解説:「耳鳴り・難聴」
■病名別解説:「頭痛・片頭痛」
■病名別解説:「起立性調節障害」
■病名別解説:「副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏」