【漢方処方解説】当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

2022年01月17日

漢方坂本コラム

当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)

<目次>

当芍美人(とうしゃくびじん)の正体

■なぜ当帰芍薬散は美人に使われるのか
■当帰芍薬散が適応する「弱さ」とは
■当芍美人の具体像
■まとめ ~正しく感じる医学~

当芍美人(とうしゃくびじん)の正体

婦人科の薬として名高い当帰芍薬散。

月経痛・月経困難症や、手足の冷え・浮腫み・めまい・頭痛などを改善していく女性の聖薬です。

有名処方ですので、さまざまな所で解説されています。良く見受けらえるのが、この処方が適応となる方には、分かりやすい独特な体質・・・・・がある、という解説です。

当芍美人とうしゃくびじんという言葉を知っていますか。当帰芍薬散が適応となる方は、ある種の美人であることが多いと言われています

色白で、肢体細く、柳腰で立ち姿はすっきりしている。また声は優しく穏やかで、しぐさも上品。ちょっと手を差しのべてあげたくなるような日本美人。

このイメージが当帰芍薬散がピタッと当てはまる「証」だとされています。そしてこういう方は、往々にして胃腸が弱く、体力がなく、冷え症で浮腫みやすい傾向があります。

そこで、当帰芍薬散の適応証は次のように言われているのです。

「やせて体力のない虚証(きょしょう)の人。体力虚弱で、冷え症で貧血の傾向があり疲労しやすく、ときに下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などを訴えるもの」と。

確かに、と思わせる部分はあります。しかし、この解釈だけでは、正しく当帰芍薬散を説明しているとは言えません

間違えではないのですが、正しくもないのです。

処方を使う時、その処方が適合する患者さまのイメージを持つことは大切ですが、あくまで「正しいイメージ」を持たなければなりません。その点この解釈は、その文字面だけ理解していたとしても、正しく使うことができないのです。

冷え性があって、浮腫みがあって、色白で美人だからという理由で当帰芍薬散を飲んだとしても、効果が発揮されるわけではありません。

上記の適応証は嘘ではありませんが、正しくもない。今回はこのことについて、少々深く掘り下げて解説していきたいと思います。

■なぜ当帰芍薬散は美人に使われるのか

そもそも当帰芍薬散の適応証がこのように説明されている理由はなんでしょうか。

それはおそらく、東洋医学で良く言われてるある基礎概念を根拠としています。

けつすいという概念です。中医学では気血津液しんえきとも言われます。

身体は気と血と水とが順調に週流していることでその生理状態を保っています。そのためこれらが少なくなったり、過剰に溜まったりして、流れが悪くなると病に陥るという考え方です。

漢方処方は、この気血水を調節し、流れを回復することで体をもとの状態に戻す薬だと考えると、その使い方が分かりやすくなります。説明しやすく、かつ納得しやすいために、気血水の概念は漢方のことを調べたことのある方ならば馴染みのあるものだと思います。

ではこの考え方をもとに、当帰芍薬散を解釈してみましょう。

当帰芍薬散は気血水のうち、血と水とに働きかける薬だと言われています。

本方を構成する当帰とうき川芎せんきゅう芍薬しゃくやくは、身体の血に作用して、血を補い血の流れを促す薬です。また残りの茯苓ぶくりょう蒼朮そうじゅつ白朮びゃくじゅつ)・沢瀉たくしゃは、身体の水に作用することで、過剰な水を取り去る薬です。

血を補い、水を去ることで効果を発揮する薬だということです。つまり当帰芍薬散を使うべき病態というのは、身体の血が不足して、かつ水が過剰に存在している状態だということがわかります

そして血は身体に栄養をもたらします。したがって、血が少なければ栄養が不足気味になり、疲れやすくなったり血色が悪くなったりします。また水は過剰になると足や頭部に溜まることが多く、足の浮腫やめまいを生じさせると共に、冷えを誘発する原因にもなります。

こうして考えると、分かりやすいと思います。すなわち当帰芍薬散は「血色が悪く冷え性で浮腫があり、体力がなく弱々しいような方に用いる薬」だということです。

先に述べた適応証のイメージ通りです。いわゆる当芍美人が完成するわけです。

ただし残念ながら、現実はそう理屈通りにはいきません

血色が悪く色白だという方に、当帰芍薬散を一律的に飲ませてみれば分かることです。

人によってはのぼせが強くなったり、頭痛やめまいを誘発させることがあります。また弱々しいという理由でこの薬を飲ませると、胃がもたれたり下痢をしてみたり、食欲を失わせてさらに貧弱な体にさせてしまうこともあります。

虚弱・色白・体力がない・静的、そういうか細い日本美人という要素を追いかけてこの薬を使うと、大失敗することがあるのです

しかし、先で述べた通り、当芍美人像はあながち全てが間違いではありません。

いったいどういうことなのか。

ポイントは、この処方が適応となる方の「弱さ」とは一体何なのか、ということです。

■当帰芍薬散が適応する「弱さ」とは

私見では、当帰芍薬散が適応となる方には、確かにある種の弱さがあります。

ただしそれは、体力がなく疲れやすいとか、胃腸が弱く冷え性だとか、そういう弱さではありません。もっと感覚的に・・・・捉えるべき弱さです。

表現として私自身の言葉を使えば、見るべき弱さは「血の濃淡」です。当帰芍薬散が適応となる方には、ある種の「血の薄さ」があります

例えば、エネルギッシュで食欲旺盛、褐色の肌でバイタリティがあふれ出ている方。こういう方からは、血が濃いという印象を受けると思います。逆に、色白でおとなしく、活動的というよりも静的な印象を受けるような方もいます。こういう方の血はどうでしょうか。濃いというよりは、薄そうだと感じると思います。

難しい理屈ではありません。誰しもが感覚的・直感的に感じることが出来るものを言っています。

漢方ではむしろ、そういうことの方が理屈よりも大切です。人に流れる血には、このような印象の違いがあるということです。

血液を科学的に分析したり、生きたまま体の中を目視出来なかった時代に作られた医学だからこそ、漢方ではこのような感覚的な印象をもって、人の性質を理解する必要がありました。

おそらく、昭和の大家も同じように感じていたはずです。だからこそ、この「血の薄さ」を表現するために、当芍美人というイメージ・・・・を提示してきたのです

ただしここで大切なことは、当帰芍薬散が適応となる血の薄さとは、血自体の薄さ、つまり貧血とは意味が異なるということです。

貧血とは血液中の成分が少ない状態のことを言います。しかし当帰芍薬散は、血の成分を増やす薬ではありません。

いわゆる鉄剤などとはまったく異なる薬能を発揮する薬です。そのためここでいう血の薄さとは「血が水で薄くなっている」というような印象・・イメージ・・・・を指しています

実質的に薄いかどうかではありません。まるで血が薄くなっていそうな雰囲気を発している状態・・・・・・・・・・・、のことを言っているのです。

多くの貧血は、帰結すると胃腸の弱さにたどり着きます。食欲がなかったり頻繁に下痢をするようになると、食事から栄養を取れないために貧血の傾向が出てきます。当帰芍薬散は、このような胃腸の弱りを改善する薬ではありません。体の中心に位置する消化管の弱りではなく、より外側の血、つまり手足や子宮などの血の薄さと血流の悪さを改善する薬なのです。

つまり、いくら血の薄さを感じるような弱さがあると言っても、食事から血を作ることができないような、生命活動の弱さに使う薬ではありません。見るべきものはもっと体の外側にある弱さ、主に姿勢や手足の動きといった筋肉活動に着眼することで見えてくる弱さです。

■当芍美人の具体像

具体的に説明しましょう。

昭和の大家の一人、大塚敬節おおつかけいせつ先生は、当帰芍薬散の適応を以下のように示しています。

筋肉は一体に軟弱で女性的であり疲労しやすく、腹痛は下腹部に起こり、腰部あるいは心下に波及することがあるが、腹痛がなくても本方を用いてよい」

また同じく昭和の大家の一人、山本巌やまもといわお先生は以下のように述べています。

皮膚の色が蒼く、顔色も蒼く血色がない。水肥りであることが多い。痩せ型と書いてあるものもあるが、むしろ水滞のため水太りが多い。ただし太っていても筋肉は軟弱で力も弱く、体が重く、動作が鈍く動かしにくいしたがって疲れやすい。ヒフク筋けいれんのこむらがえりや、筋肉が不随意的にピクピク動くことがある。皮膚も水分が多く湿疹や皮膚炎になると分泌液が多い」

着目するべき点は、疲労しやすいといっても一言も胃腸が弱いとは言っていないということ、そして両先生ともに筋肉自体の質やその活動の質に言及されているということです。

すなわち疲労しやすい理由は、筋肉活動が弱く、かつ水を含んで重いからだと言っています。筋肉自体が極端に少ないとか、肉体労働などによって消耗している状態ではないということを暗に示唆しています。

つまり、当帰芍薬散が適応となる弱さとは、具体的には筋肉活動の弱さからくる血流の悪さです。そして、それに伴って動作や皮膚などの外面に、印象としての弱さがあらわれてくるのです

筋肉の状態はその方の姿勢や物腰、また血流を通して皮膚の張りや色として、目に見える外面へと如実に反映されます。筋肉活動の弱さが外に現れたときの印象として、「血が薄い」という雰囲気を醸し出してくるのです

当帰芍薬散は、ある種の弱りを持つ方に使う薬です。

現実的には、温経湯うんけいとうなどに比べて、弱そうだという印象を発している方に使う薬です。

その印象の実態とは、俗に言う「血が薄そうだ」という雰囲気を指しています。

そして具体的には、手足などの骨格筋の弱りや重だるさに起因して、そういう雰囲気を醸し出している方に使う薬だということです。

現実的にそういう方を見なければ、少々分かりにくいかもしれません。しかし百聞は一見に如かず。実際にそういう方にお会いすると、はっきりと当帰芍薬散が効きそうだと認識することができます。

ただし、気をつけなければいけないのは「弱さ」を勘違いしてはいけないということ

弱いといっても、非常に疲れているとか、胃腸が弱く食欲がないとか、極端に体重が少ないとか、そういう方に持っていくべき薬ではありません。

実質的な生命活動の弱りに用いる薬ではなく、あくまで雰囲気程度に・・・・・・弱そうだ・・・・と感じる方に用いる薬・・・・・・・・・・だということです。

そういう方がもし、月経痛や頭痛、むくみや冷え性に悩まれていたら、本方を試してみることをおすすめします。良く効く薬であることは間違いありません。特にセロリが好きという方であれば、一度試してみる価値はあると思います。

■まとめ ~正しく感じる医学~

漢方は、イメージでとらえる医学です。血液検査がない、画像で体の中が見れない、そういう時代に培われた医学だからこそ、体の中を想像することで治療方法を見つけ出してきました。

ただ、単にイメージ・想像で治療するとなると、危なっかしい感じがすると思います。しかし、想像にもいろいろあります。全く的の外れた、いわば妄想に近いようなものもありますが、正しく現実的にイメージできる印象というものも、またあるのです。

歴代の漢方家は処方を説明する際、適応となる方の「印象」を後世に伝えてきました。実際に経験した事実をもとに、そのイメージをなるべく正しく伝えようと努力してきました。

ただしそれらの言葉はイメージである以上、受け取る側が正しく理解しなければなりません。

当芍美人という文字面だけを見て理解するのではなく、その背景にある文脈と行間を読むことが、後世の臨床家には求められます。



■病名別解説:「月経痛(生理痛)・月経困難症
■病名別解説:「冷え症(冷え性)
■病名別解説:「頭痛・片頭痛

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