抑肝散・抑肝散加陳皮半夏(よくかんさん・よくかんさんかちんぴはんげ)
<目次>
抑肝散の効かせ方
症状に適応させる使い方
体質に合わせる使い方
体質の知り方
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イライラする。眠れない。そう聞けば、先ずは抑肝散。
本方はそれくらい、イライラ・不眠の薬として有名です。
病院でも良く処方される処方であり、イライラや不眠を中心として、月経前緊張症や更年期障害、自律神経失調症やパニック障害、ときにパーキンソン病や認知症など、かなり広範囲にわたって応用されている漢方薬です。
有名処方であるが故に、他でもたくさん解説されています。そこで基本は他に譲るとして、今回はシンプルに抑肝散の効かせ方について、簡単に解説していきたいと思います。
抑肝散の効かせ方
ところで漢方薬には二つの効かせ方があります。
一つは「体質を見極めて効かせる方法」です。
漢方薬には、処方ごとに「効きそうな人」というものが存在します。例えば頭痛を治す際も、単に頭痛に効く薬を片っ端から出していてもあまり効果はありません。
その人のからだ全体に着目し、一見頭痛とは関係ないような症状まで勘案する。そしてこの処方が効きそうだなという体質を見極める。その上で薬を選択すると頭痛に効いてくれます。「木を見て森を観る」という漢方の考え方が基になっています。
そしてもう一つは「体質をある程度無視し、症状のみに適応させる方法」です。
つまり頭痛なら頭痛、めまいならめまい、各症状だけを把握して薬を出すやり方です。体質に関わらず症状に適応させるという、少し西洋薬の使い方に似ています。主に症状を取り去るだけの「頓服」にて使われるやり方です。
先ほど、それではあまり効果はないと述べましたが、実は薬によっては体質云々抜きで効いてくれるものもあります。少しの胃痛ならば安中散が広く効いてくれますし、食べ過ぎた時の胃もたれならば半夏瀉心湯で十分という場合が多いものです。
東洋医学的な病態がどうのとか、深く考えなくても良い使い方です。薬によってはそれで効いてくれます。ならばそういう効かせ方を上手に使いこなすというのも、臨床家の腕の一つと言えます。
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この2つの手法、通常の漢方は前者の体質的治療が基本です。後者のやり方はそれが出来る薬と、できない薬とがあるという印象です。
そして抑肝散はどうかというと、両方でいけます。そこで今回は抑肝散の2つの効かせ方を解説していきます。
症状に適応させる使い方
抑肝散は教科書的に言うと、イライラ・怒り、不眠、頭痛、耳鳴り、めまい、小児の夜泣き、夜尿症、身体の痛みや痺れ、歯ぎしりなどに使われる薬です。そしてこれらの症状が生じやすい病、月経前症候群(PMS)や月経前不快気分障害(PMDD)、更年期障害や自律神経失調症などにしばしば使われます。
しかし単に症状に適応させる使い方をする場合、これら全てに効くかというと、そうではありません。
抑肝散の使い方を示す有名な口訣に、和田東郭の「多怒・不眠・性急」という文言があります。これが大変参考になります。
つまり抑肝散は私の経験上、イライラや怒り・感情の一時的もしくは継続した高ぶりに対して頓服使用でも効果を示します。
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まず使うべきはイライラした時の頓服です。怒りがスッと引くことが多いものです。
同時に眠気を催すという方もいます。則ち不眠に対しても頓服的使用で効く場合があります。
いわゆる多怒と不眠。これらには即効性を以て効く可能性が高いという印象です。端的に口訣にまとめた和田東郭の鋭さに舌を巻きます。
また東郭は抑肝散を使う時に芍薬を加えて用いています。
これは宗伯の言葉を借りれば、より古(傷寒金匱の考え方)に近い運用で理に適った加法です。
また興奮して眠れないという時には黄連を加えて良い場合もあります。
したがって頓服で用いる場合には抑肝散に芍薬甘草湯を合わせたり、黄連解毒湯を少量加えたりといった配慮を行うことで、さらに効果を引き出すことができます。
体質に合わせる使い方
次に単に症状だけを見て使うのではなく、抑肝散が効きそうな体質を見極めて使用する場合です。
症状に合わせた使い方と、体質に合わせて使うやり方、このうち抑肝散の使い方が上手な先生は、当然ながら体質に合わせる治療に秀でています。
頓用で使う際も、ただ症状にだけ合わせるだけで効く時もありますが、上手な先生であればその背景に必ず体質を見ます。頓服でもある程度体質に合わせた方が、より的確に効かせることができます。
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ただし東洋医学で良く言われるこの「体質」というものはかなり曖昧な概念です。
今回抑肝散が適応する体質を解説していくわけですが、本来具体的に言うことはなかなか難しいものです。
しかし漢方の先生は患者さまを見た時に、「お、この人は抑肝散が効きそうだな」と感じることがあり、そして出すと効くということが実際にあります。
なぜそれが出来るのかというと、様々な情報から抑肝散が効きそうな体質的傾向を把握しているからです。
ただしこれは感覚的な側面が大きく、言葉や文章ではなくあくまで経験と実感とを通して掴まなければならないものです。
そもそも伝えることが難しいのですが、今回は敢えてそこにチャレンジしてみたいと思います。
感覚的な説明になってしまいますが、、私自身の経験として感じたものをそのまま書いていきます。
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まず抑肝散の体質者は他でも言われている通り、イライラしやすい質・緊張感が強い・腺病質とまとめられています。
例えば私にもこんな経験があります。
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奥様と一緒にご来局されたある男性の患者さま。頭痛が酷いということでご相談を受けた。痩身ではあるが筋肉質、色黒で引き締まった体をされていて一見弱さはない。旦那様との会話中、奥様が横から「この人は、、」と口を挟んだ。その瞬間「君は黙って!」と、旦那様が強い言葉で遮られた。ピシャっと制した後は、またゆっくりとお話を続けられたが、私はこの患者さまから抑肝散を想起し、実際にお飲みいただいて頭痛は消失した。
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抑肝散が効く人には、確かに「怒り」という感情がその背景にあります。
ただし何か言われた時に、動揺して顔を赤くしてカーッと焦りながら怒るというよりは、むしろ赤くなるのではなく青筋を立てて起こるタイプ。その怒りの勢いは鋭く、強い傾向があります。
どうしようどうしようと焦ってソワソワしながら怒るタイプではありません。不安というよりは緊張が強く、揺れ動き動揺する不安定さというより、些細なことに敏感に反応してギュッと戦闘態勢を取るようなイメージです。
恐怖で気持ちが動揺し、腰が浮く人ならば逍遥散や桂枝剤を想起しますが、抑肝散適応者はそうではなく、気持ちが乱れた瞬間に相手の攻撃に備えるようにギュッと固まり、場合によっては相手に攻撃をしかけてくるような印象があります。
精神が動揺し恐怖するか。刺激にギュッと身体を強張らせて戦闘態勢を取るのか。
気持ちが乱れた時の反応は、何気なく話しているだけでも何となく感じるものがあります。あ、この人は動揺するなとか、この人は強く返してくるだとうなとか。
その違いが抑肝散を使う決め手の一つになります。
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まるで非科学的な物言いで、医学とは程遠いと感じられるかも知れません。
しかしそういう感情変化の傾向・志向性は、おそらく自律神経の働き方や体の細部の動きの個性を反映しているものなのでしょう。
漢方治療ではその方の有する感情の傾向やその発現の仕方、つまり不安・恐怖・興奮・緊張・焦りなどの傾向やその表現方法が処方選択の決め手になることはめずらしくありません。
これは体の不調が精神に波及するという東洋医学の考え方に則したものですが、その実際は感情の乱れ方から自律神経の乱れの傾向を紐解いているのだと思います。
ここで一点注意しておくと、今私が説明していることは「肝」は怒りをつかさどるとか、「肺」は悲しみをつかさどるとか、いわゆる五行理論によって解説されているそれを指しているわけではありません。
怒りであれば肝が悪い、その考え方を否定するわけではありませんが、個人的にはこの考え方は安易に過ぎて臨床上使えません。
抑肝散が怒りに効くのは肝に効くからではなく、あくまで当帰・川芎・柴胡あたりが血流を変化させる中で自律神経の働きに何らかの影響を与えているからだと私は考えています。
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また体型について少し述べておくと、抑肝散は体格虚弱で筋肉の発達が悪く細いという、いわゆる腺病質な人に使うとされています。
確かに適応者には若干の胃腸の弱さが垣間見れることが多いものの、少食で明らかな胃腸の弱さを抱えている方には不向きです(芎帰が胃にさわる)。
体型としては細い人が多い、ただし筋肉質な人もいます。そもそも体型での判断はそれほど当てにならない印象で、むしろ先に述べた感情面での傾向に着目した方が良いと感じます。
もし色白で太っているならば陳皮半夏を加えて抑肝散加陳皮半夏にした方が効きます。肥満・高血圧・高コレステロール血症など生活習慣病のある方、また心臓血管障害や脳血管障害の既往のある患者さまにこの手の方がいらっしゃいます。温胆湯を合わせるのも一つの手です。
体質の知り方
昔、何の雑誌だったか忘れましたが、こんな話が書いてありました。
ある保険医の先生は漢方を使うが漢方に詳しいわけではない。しかし、その先生は抑肝散の使い方が非常に上手だった。
全ての人に出すわけではない。しかし先生が抑肝散を出すときは必ず効を奏するという。
使い方を聞いても、私は漢方に詳しいわけではないと言い、教えてくれない。
実はこういうこと、漢方ではよくある話です。
漢方に詳しくなくても、特定の処方の使い方だけが上手な先生はけっこういらっしゃいます。
なぜそのようなことが可能になるのか、その理由も簡単です。
漢方薬は各処方によって効く人と効かない人がいて、それを経験的に知ることができれば、漢方の基礎が無くたって効かせることができるからです。
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その見極めは、肉の付き方や体格などの容姿であったりします。また言動や行動などの雰囲気であったりもします。
患者さまから把握できる情報に、ある傾向が見えてくる。そしてある処方を使っているうちに、その情報の中から効く人の共通点が見えてきます。
それが経験として蓄積されていく中で、処方運用の精度が高まっていきます。それを漢方では「体質」と呼ぶことが多く、また「証」と呼んでそれを処方運用の決め手としているのです。
「体質」や「証」などその呼び方はどうであれ、決して難しいことではありません。
その処方を使い続けているうちに、単にその使い方に「慣れてくる」、というだけのことです。
そしてその慣れを基にして、処方を解析します。なぜこの処方はこういう人に効くのか、それを逆算していきます。
それが処方理解の一つの方法です。そうして出来上がる理論は、臨床から導かれる故に信憑性が高いものです。
すなわち、漢方薬はその使い方に慣れることが大切です。単に使い続けるということではなく、慣れるように使っていかなければなりません。
何をポイントに使ったら良いのか、それを見極めながら使い続けること。
そうすれば、必ずその運用に長けてくる。抑肝散とはそういう処方の一つです。
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■病名別解説:「不眠症・睡眠障害」
■病名別解説:「自律神経失調症」
■病名別解説:「更年期障害」
■病名別解説:「頭痛・片頭痛」