桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
<目次>
桂枝茯苓丸とは:出典に見られる桂枝茯苓丸の方意
桂枝茯苓丸の原型
桂枝茯苓丸と桂枝湯・その共通する薬能と適応病態の流れ
桂枝茯苓丸が効く人
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瘀血の名方、桂枝茯苓丸。
以前紹介した当帰芍薬散や加味逍遙散と並び、婦人の聖薬として頻用されています。
「瘀血」と呼ばれる血行障害を改善する目的で使用されています。
それはその通りなのですが、瘀血というのは暗号で、実の所何を指しているのか、漢方家の間でも議論され続けている曖昧な概念です。
ただ桂枝茯苓丸が改善する血流があるのだとしたら、それは明らかに骨盤内の組織・臓器です。
骨盤内には子宮や膀胱、また前立腺や大腸があります。おそらく桂枝茯苓丸にはこの辺りの血流状態と筋肉活動とを正常に導く効能があります。
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このうち頻用されているのは、子宮への薬能です。
子宮筋腫や子宮内膜症、また月経痛や更年期障害など婦人科の薬としてしばしば使われています。
確かに効果を発揮することが多い良い薬です。しかし一方で、安易に使われ過ぎている傾向もあり、飲んでも効果が無かったと言われる方も少なくありません。
桂枝茯苓丸は漢方処方の中でも非常に大切な処方の一つです。精通した先生方が使えば、他の方剤にはない独特な効果を発揮します。
なぜ使い方次第でこのような差が出てしまうのでしょうか。それはひとえに、この処方への造詣の深さと使い方の見極めにあります。
そこで今回は桂枝茯苓丸とは本質的にどのような薬なのかを、自身の経験と考察とを通して説明していきたいと思います。
桂枝茯苓丸とは:出典に見られる桂枝茯苓丸の方意
まずは桂枝茯苓丸の出典、世に最初に出された時の使い方が書かれた条文を見ていきましょう。
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『金匱要略・婦人妊娠病脈証幷治第二十』
婦人でもともとお腹の中に癥病(ちょうびょう)があり、月経が止まって三か月しないうちに不正出血があり、胎動が臍の上にあるのは癥瘕(ちょうか:かたまり)が妊娠を害しているからである。(中略)血が止まらないのは癥(ちょう)が去らないため、したがってその癥を下すべきである。桂枝茯苓丸を使いなさい。
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桂枝茯苓丸は妊娠を害する「癥(ちょう)」を下すことで、妊娠の害を除き、その後の正常妊娠を導くために作られた方剤です。
癥とは何か。これこそが議論が重ねられている部分ですが、中略の文中に「衃(はい)」という字があることからも、腹の中にある「うっ血」を指しているのではないかと言われています。後にこれが「瘀血」という概念に変化し、本方は瘀血を下す薬として認識されるようになりました。
つまり正常に妊娠するためにはお腹の血流を良くしておかなければいけないよ、ということ。そして桂枝茯苓丸は子宮にある瘀血を排出させて、子宮の状態をもとに戻す、回復させて妊娠しやすくするために作られた方剤であるということ。
牡丹皮・桃仁配合剤は時として妊娠中は避けた方が良い薬ではあります。しかし妊娠自体に悪いわけではなく、むしろ桂枝茯苓丸は妊娠しやすい体質作りに一役買ってくれる薬だと言えます。
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また本方は本来「癥瘕」を下す薬であり、一時的に生じた病態に適応する薬方(体質治療を目的としてはいない薬方)であったという点は注意するべき所です。
現在ではこのような頓服的使用をする機会はほとんどなく、むしろ子宮の血流状態が悪くなりやすい体質を改善する目的で使用することがほとんどです。
すなわち瘀血(骨盤内の血行障害)があれば、誰しもが本方でその体質さえも改善できるというわけではありません。
やはり合う人・合わない人というのがあります。そこの見極め無くして使用することは逆効果にもなりかねません。
例えば本方適応者の体質として「体力があり中間証から実証の体質者で、足がひえてのぼせ、イライラして気逆の傾向がある者」などと説明されることが多いものです。
しかしこれは当てにならないというのが臨床の現実です。まず大前提として、本方は体力云々で適応者を判断できる方剤ではありません。
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ポイントは方意を汲み取ることにあります。
それを行うことで的確な使用、そして他病への応用の仕方も見えてきます。
この処方には原型があります。
その原型を知ることこそが、本方応用の最大のポイントになります。
桂枝茯苓丸の原型
桂枝茯苓丸の原型、それは明らかに「桂枝湯」です。
衆方の祖と言われる桂枝湯。この桂枝湯から甘草と大棗・生姜とを抜き、牡丹皮・桃仁・茯苓を加えたものが桂枝茯苓丸です。
牡丹皮・桃仁は本方が本方たる所以の重要生薬で、恐らく骨盤内毛細血管の血流循環を促し「うっ血」を取る薬能を発揮します。
そして甘草・大棗の甘味を抜くことで、身体が悪いものを排出させようとする力を邪魔しないようにします。
さらに生姜の辛味を除くことで、無駄な刺激を抑えて薬能のベクトルを下に向かわせる。
少し難しいかもしれませんが、要するに「癥」の排出という効果を最大限に引き出すために桂枝湯を改良し、より即効性が引き出されるよう配慮されています。
では、そもそもなぜ桂枝湯を改良したのでしょうか。
そこで桂枝湯について知る必要が出てきます。
桂枝茯苓丸と桂枝湯・その共通する薬能と適応病態の流れ
桂枝湯とは、漢方で最も基本となる疲労回復薬です。
「虚労」と呼ばれる一種の疲労状態に適応する薬方群の原型です。
お子様の疲れやすさを回復させる小建中湯や、産後の日達を回復する当帰建中湯も桂枝湯の方意を内包しています。
漢方ではその歴史において様々な疲労回復薬が作られてきましたが、桂枝湯はそれらあらゆる疲労回復薬の根幹をなしていると言っても過言ではありません。
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ではなぜ桂枝茯苓丸は桂枝湯を基本としたのでしょうか。
それは桂枝茯苓丸適応者の背景には疲労がある、もしくは疲労へと向かう病態の流れがあるからです。
妊娠は女性の体を大きく変えます。また当時は今よりもずっと妊娠や流産に危険を伴いました。衛生状態の悪さからくる感染症のリスクや、不十分な食事内容からくる栄養失調など。妊娠・出産は文字通り命をかけて行われていました。
このような時代に子宮の回復薬を作るのであれば、身体の消耗に対して配慮せざるを得ません。
そのために桂枝湯を基本とした。虚労の基本処方から組み立てることで、妊娠を順調に導くための薬を作ったのです。
ちなみに出典『金匱要略』では、妊娠が分かった時点で桂枝湯を服用させるという記述があります。
つまり桂枝茯苓丸をもって子宮を回復させ、妊娠したら桂枝湯を飲ませる。妊娠前後を通じて桂枝湯加減を服用させるということは、総じて考えれば妊娠にまつわる治療とは、身体をいかに疲労・消耗させないかという点にこそ着眼するべきことを示唆しています。
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このように桂枝茯苓丸は桂枝湯の流れを組む処方であり、使うべき病態も同一線上にあると考えることが基本です。
つまり桂枝茯苓丸か効く人は、桂枝湯が効く人だということです。
細野史郎先生もおっしゃっていますが、桂枝湯とは体質的な薬であり、この薬が合う人と合わない人とがはっきりと分かれます。
そして桂枝茯苓丸は基本的に桂枝湯が効きそうだという人における子宮筋腫や子宮内膜症・更年期障害などに対して使用するというのが、的確に効かせるためのコツであり、要点になります。
桂枝茯苓丸が効く人
では、桂枝湯が効く人とはどのような人なのでしょうか。
傾向としては口調に気の張りがなく比較的穏やかで、恥ずかしいと顔を赤くするなどの面部の充血の傾向があり、疲れを押して頑張る傾向のある方。また子供の頃には腹を冷やすと腹痛下痢することがあり、もしくは昔から便秘で便が出にくいという方もいる。また普段食欲があるもののストレスなどで食欲が一時無くなるか、もしくは甘いものなどの過食の傾向が出ることもある。総じて胃腸の活動・機能が不安定な方が多い。
と説明はしてはみたものの、実際にはなかなか伝わらないと思います。
正直、桂枝湯適応体質というものは文章ではどうしても伝えにくい、言い表わすことが非常に難しいというのが本音です。
桂枝湯体質というものはあります。そういう方は望診や問診を通して、感覚として現実的に把握することができます。
しかし例えば症状のチェックポイントを作り、それに当てはまる人が桂枝湯体質ですと簡易的に示すことは不可能です。感覚としては経験から得た感動を言葉で表現することに似ています。いくら言葉を並べた所で、正確にそれを言い表せないのと同じです。
人を把握する際に、このような感覚を拠り所にしなければならないのは、医学としてはいかがなものかと思います。しかし、東洋医学とは得てしてそういう感覚的なものを拠り所にしなければならない時があるというのが現実です。漢方薬の使い方が難しいのは、それを説明することの難しさに起因しています。
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桂枝茯苓丸は、桂枝湯の使い方が分かって初めて的確な運用が可能になる方剤です。
後の時代になり、原南陽は桂枝茯苓丸を改良し、甘草と生姜とを加えて甲字湯と名付けました。
この処方は臨床的にも使いやすく、効きの良さを感じさせる名方の一つです。そしてこの加減は、本方と桂枝湯との繋がりを理解していたからこそ出来た改良です。
桂枝茯苓丸を桂枝湯に近づけることで、より胃腸に優しく、体力を損なわない薬にした。原南陽は本方に桂枝湯を見据えていたからこそ、臨床に通じる的確な加減を行えたのだと思います。
全ての処方は繋がっています。そしてその繋がりと創作者の意図を掴むことで、はじめて正しい運用が可能になります。
桂枝湯類の方意を理解することではじめて桂枝茯苓丸の正しい運用が可能となるのは、漢方の基本的な考え方だと言っても過言ではありません。
したがって桂枝茯苓丸、加味逍遙散、当帰芍薬散がいくら婦人の三大処方だといっても、これらを一律的に使うだけでは効き目は表れません。これも漢方の基本を踏まえれば、当然のことだと言えます。
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■病名別解説:「月経痛(生理痛)・月経困難症」
■病名別解説:「月経前緊張症(PMS)」
■病名別解説:「更年期障害」
■病名別解説:「子宮筋腫」
■病名別解説:「子宮内膜症」