温経湯(うんけいとう)
<目次>
・「原典」から紐解く温経湯の基本
・「口訣」から紐解く温経湯の基本
・温経湯をもう一段深める
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婦人科の薬、温経湯。
ただし当帰芍薬散や桂枝茯苓丸、加味逍遙散などと比べれば、認知度はそれほど高くはないでしょう。
漢方の先生によっては全然使わないという人もいるかもしれませんが、私は良く使います。トップ15には入る、愛用している処方の一つです。
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この薬があまり使われていない理由は、おそらく理解しにくいからです。
そのためか、この薬の解説を見るとちょっと首をかしげてしまうものが見受けられます。
例えば(株)ツムラのHPではこのように解説されています。
「脈やおなかの力が弱い虚弱なタイプの人の、月経不順や月経困難症、更年期障害などの婦人科系の不調によく用いられます」と。
「虚弱なタイプの人」とか「比較的体力が低下した人」に使うという解説をよく目にします。しかしこれでは使い方が判然としませんし、何よりも正しくありません。
温経湯は使用に際してそれほど難しい薬ではありませんので、こういう間違いはちょっと勿体ないと感じてしまいます。
とにかく「基本」さえ押さえておくことが出来れば、温経湯は誰でも使いこなすことができる処方です。
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そこで今回は、温経湯とはどういう薬で、どういう使い方をするべきなのか、その基本を解説していきます。
そして最後に、基礎よりもう少し深いところで温経湯を理解するためのヒントを解説しておきます。
先生方によって使い方は様々あると思いますので、あくまで一意見としてご参考にしていただければ幸いです。
「原典」から紐解く温経湯の基本
温経湯は由緒正しい漢方薬です。始めて世に紹介されたのは漢方の聖典『金匱要略』の婦人雑病篇です。
条文では問答形式でこの薬が紹介されています。そしてなかなか具体的で、使える内容です。まずは条文を確認してみましょう。
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【原文】
問うて曰く、婦人年五十ばかり、下利(下血)を病み数十日止まず、暮(ゆうべ)にはすなわち発熱し、少腹裏急し、腹満し、手掌煩熱し、唇口乾燥するは、何ぞや?
師曰く、この病は帯下に属す。
何をもっての故ぞ? かつて半産(流産)を経、瘀血少腹にあり去らず。
何をもってこれを知るや? その証は唇口乾燥す、故にこれを知る。まさに温経湯をもって之を主るべし。
【意訳】
お聞きします。閉経期にある五十歳くらいの女性が、性器出血が数十日止まらず、夕時になると発熱し、下腹部が痛み、腹が張り、手の平が火照り、唇が乾燥している場合は、何が起こっているのか?
師は答えた。この病は「帯下」に属している、と。
どうしてこうなるのか? それは昔に流産を経て、下腹部に瘀血があって無くなっていないからだ。
どうやってそれを知るのか? その証(あかし)は唇の乾燥だ。だからこれを知ることができる。そしてまさに温経湯が主るところである。
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閉経に向かって出血の具合が乱れることは良く起こることです。少しばかり不正出血が出るくらいでは問題のないことが多いものです。
ただし夕方に発熱しだるくなったり、下腹部が痛んで腹が張ってみたり、手の平が火照って寝苦しかったり、唇が乾燥してくるのは、下腹部に瘀血があるからだと説明しています。
ここでいう帯下や瘀血が何をさしているのかは良くわかっていません。しかし条文中に散々出てくるように、少腹(下腹部)、つまり子宮やその周辺臓器に何らかの不調があることを指しているのだと考えられます。
すなわち温経湯は、子宮部の不調を回復せしめる薬であるという点がまず明確に言えるところです。この条文に従えば、更年期に起こる諸症状に効きそうだということを簡単に想像することができます。
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さらにこの条文に出てくる症候、「夕方の発熱」や「下腹部の痛み」、「腹の張り」や「手の平の火照り」、そして「唇の乾燥」は、温経湯を使う上でそのまま覚えておくべきものです。
これらがそのまま大切です。現代においても実際に、そういう症状が出てくる方がいて、それらを目標に温経湯を使うと良く効いてくれるからです。
特に「唇の乾燥」は重要です。冬だけでなく一年中乾燥しやすい傾向がある場合、温経湯を使う有力な情報になります。
すなわち子宮にまつわる不調、例えばホットフラッシュなどの更年期障害・月経不順・子宮筋腫・子宮内膜症・月経困難症・不妊症などを抱えておられる方に、もし暮れからの発熱・下腹部痛・腹満・手掌煩熱・口唇乾燥が見られた場合は、温経湯が使えそうだということをまずは覚えておいてください。おそらくそれだけでも、効かせることが可能です。
ただし、温経湯が効く人のすべてに、これらの症候が出ているわけではありません。症状を探すことだけに縛られてしまうことは、下手な治療そのものです。
温経湯の使い方を深めるためには、もう少しこの薬を深く知っておく必要があります。ポイントはなぜこれらの症候が出るのか、です。
「口訣」から紐解く温経湯の基本
温経湯は当帰芍薬散と比較して、しばしばこう表現されます。
当帰芍薬散は「血虚・水滞」、温経湯は「血虚・血燥」と。
これが一般的な解釈であり、両者の鑑別でもあります。ともに当帰や芍薬を中心として血虚を補う補血剤ではありますが、片や当帰芍薬散は茯苓・蒼朮・沢瀉といった水滞を去る薬を内包し、片や温経湯は阿膠や麦門冬といった燥を潤す薬が内包されています。
すなわち温経湯という薬には、その薬能に「血を潤す」というイメージがあります。
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そもそも血は水を含んでいます。血液の成分を知ることのできなかった時代の人たちでも、さすがにそれは分かっていたはずです。
そして年齢を経て更年期に近づくにつれて、経血の量が減ったり、血の質が濃くなったりする。
そういう現象を見ていた古人は、おそらく年齢とともに血の水分が枯燥してくると着想したのだと思います。
血の中の水が減ってくれば、当然子宮部の血液の流れが悪くなります。故に下腹部痛が起きたり、お腹が張ったりします。
また血の中の水が減ることで、血が熱を持ちやすくなると考えたのでしょう。夕時に熱が出たり、手の平が火照ったり、唇が乾燥するというのも、それが理由だと考えることができます。
しかも身体の水はその物性から、内側や下方向にたまっていきやすいものです。反対に外側・上側にいくほど水が届きにくくなります。
故に熱を持つのは手や口唇などの外側であり、逆に子宮部は血流が弱いので冷えていきます。
したがって体の中や下半身は冷えて、体の外や上半身は火照る。子宮部の冷えと、外側の血燥が共存する状態。温経湯の適応病態をシンプルにまとめるとこのようになります。これが温経湯を使うための基礎であり、これをそのまま、浅田宗伯が口訣に残しています。
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此方は胞門虚寒(子宮部の冷え)と云うが目的にて、凡そ婦人血室(子宮)虚弱にして、月水不調、腰冷腹痛、頭疼下血、種々虚寒の候ある者に用う。年五十云々に拘るべからず。却って方後の主治によるべし(※)。また下血の症、唇口乾燥、手掌煩熱、上熱下寒、腹塊なき者を適症として用う。
<浅田宗伯『勿誤薬室方函口訣』より>
※方後の主治
『金匱要略』中、温経湯の条文には方後に適応症候の追記がある。「婦人で下腹部が寒え、久しく胎(子)を受けざるを主る。兼ねて崩中去血(過多月経)、或いは月水来たること過多(頻発月経)、及び期に至って来たらざる(稀発月経)を治す」と(大塚の訳を参照)。すなわち浅田は更年期に使うだけの薬ではなく、むしろ不妊症や月経不順に適応が多いことを示しているが、使ってみると実際にその通りである。
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温経湯はある意味で、歴史的にちゃんと解説されてきた処方です。
原典『金匱要略』ですでに現在でもちゃんと通用し得る解説がなされ、さらにそれが正しいことを歴代の名医たちが確認し、口訣に残しながら現代にまで残り続けてきました。
したがって温経湯は、これらの基本をちゃんと捉えておけば大変使いやすい薬です。「血燥」と「胞門虚寒」が共存しているという着想です。
婦人三大処方は当帰芍薬散・加味逍遙散・桂枝茯苓丸と言われていますが、私は温経湯も大変重要な薬だと思っています。
温経湯でなけば治らない、そういう人が少なからずいらっしゃるからです。
温経湯をもう一段深める
ここまでが基本です。
そしてここからはあと少しだけ、温経湯をより的確に使うためのヒントを解説していきたいと思います。
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そもそも温経湯は構成生薬から考えるとなかなか複雑な処方です。
四物湯の方意あり。桂枝茯苓丸の方意あり。また当帰四逆加呉茱萸生姜湯の方意もありそうで、かつ麦門冬湯の意味合いもあります。
これらの方意を組み合わせれば使い勝手は広がりそうなものですが、そうはいきません。
おそらく逆に混乱するだけです。むしろ取り様によってくらでも広がってしまう方意が温経湯理解の難しさです。
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したがってあくまでシンプルに解釈していきましょう。お伝えしたい使い方のポイントが2つあります。
まず一つ目として、温経湯の「濃淡」です。
師匠は私にこう教えてくれました。「温経湯はさらりとした薄味のスープではなく、あくまで濃い味のビーフシチューである」と。
何を言っているかというと、それが飲める人であるということが重要だということです。
濃い味のスープでも難なくのめる食欲がある、ということです。
食欲がちゃんとある人。ややもすると食べ過ぎてしまうこともある、ぐらいの人。
これが温経湯を使う上で大変重要な要素です。
先述したように、一般的な解説で「虚弱・体力が弱い人に使う」と書かれていることがありますが、私的に言えばこれは大きな誤りです。
もし虚弱・体力が無いという印象を明らかに持つ人にこの薬を使っても、効く人は少ないはず。むしろ具合を悪くさせてしまう人の方が多いかもしれません。
そしてもう一つは、見方によっては「胃腸薬」であるということ。この発想が大変重要です。
温経湯は子宮に効かせる薬です。ただし構成生薬をよくよく見ると、胃腸薬としても見ることが十分にできます。
つまり平素より胃腸が弱くはない人が飲むべき胃腸薬とは何か、を考えてみてください。
胃腸は強いから良い、弱いから悪いと簡単に論じられるものでありません。
虚実の概念がまさにそう。その辺りを理解しながら考えていただくと思い半ばに過ぎるでしょう。
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温経湯は基本が大切です。なぜならば、基本にちゃんと現在でも通用する使い方が書かれているからです。
温経湯の条文を見ていると、昔も今も人は変わっていないんだなと感じます。
そして温経湯は婦人科領域以外にも、手掌の湿疹や酒さなどの皮膚疾患にもしばしば応用されますが、その際にも基本に則って使われているかが効果に直結します。
さらに出来れば温経湯は、エキス顆粒剤を使う際にはメーカーを吟味してください。効果が明らかに違います。
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■病名別解説:「更年期障害」
■病名別解説:「月経不順(生理不順)」
■病名別解説:「無月経」
■病名別解説:「月経痛(生理痛)・月経困難症」