おそらく、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を患われる患者さまは、ここ十数年でかなり減っていると思います。
ピロリ菌の除菌という、非常に有効な治療が行われ始めたからです。
私の記憶では、父が現役で相談を行っていた20年前くらいには、まだたくさんの患者さまがいらっしゃいました。
当時の西洋医学では、まだピロリ菌の除菌という手法が見出されていませんでしたので、胃酸を抑える薬や、胃粘膜保護の薬がしばしば出されていました。
ただ、これらの薬で一旦良くなったとしても、その後再発する方がたくさんいらっしゃいました。その場合、病院にて「ストレスが原因」と説明されてしまうことが多かったようです。
そのため、胃潰瘍や十二指腸潰瘍は根治することが難しい病でした。その分、漢方治療をお求めになる方が、当時はけっこういらっしゃいました。
父もかなりの数の患者さまをみていたようです。茯苓飲合半夏厚朴湯・柴陥湯・半夏瀉心湯あたりを良く使っていました。当時のカルテを見直すと、かなり有効であったことがうかがえます。西洋薬で治らない胃痛であっても、漢方薬で消えるということが当たり前にあったようです。
しかし、胃潰瘍・十二指腸潰瘍はそういった漢方薬で改善する時代ではもうなくなりました。
ピロリ菌の除菌という新手法の方がずっと有効だからです。根治させるという意味でも、大変すばらしい効果です。現在でも、かなりの数の患者さまがこの治療方法によって救われているのではないでしょうか。
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ただし、胃痛や胃もたれなどの症状が昔に比べて減っているかと問われれば、答えはNOです。
現在でも多いのです。胃痛・胃もたれ・吐き気など、胃部の不快感を訴えられる患者さまはむしろ増えているかも知れません。
そういう方のほどんとは、胃カメラなどの検査をしても原因が見当たりません。
また胃酸を抑える薬や胃粘膜を保護する薬を飲んでも、効果が感じられないとおっしゃられます。
当然そういった患者さまは、ピロリ菌の除菌をすでに行ってるか、もしくは検査をしてもピロリ菌が見つからないという方たちです。
ピロリ菌は確かに胃症状の原因の一つではありますが、すべての胃症状がピロリ菌だけで解決できるわけではないということです。
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漢方においても、胃痛・胃もたれ治療はすでに次の段階へと進んでいると感じます。
一時代昔に行われていた、つまり胃潰瘍や十二指腸潰瘍を治そうとしていた時代の治療では、もう太刀打ちできなくなっているという実感があります。
西洋医学においても、機能性ディスペプシアといった比較的新しい病からのアプローチが行われるようになりました。
漢方治療も然りで見直しが必要です。たとえ名医が書いていたとしても、昭和時代の書籍には現代に通用する回答は書かれていないのです。
そもそも東洋医学では、胃部(みぞおち)は身体活動をコントロールするための重要部位として認識されていました。
漢方では胃部のことを「心下」と呼びます。胃痛や胃もたれなどに止まらず、全身へと症状を派生させていく要所として捉えられていたのです。
そのため漢方の歴史を紐解くと、この要所の重要性とその治療方法とが、さんざん繰り返し論じられてきました。
一言に胃症状といってもその病態は人によって千差万別です。さまざまな病態の関与が考えられるからこそ、これだけ繰り返し考察されてきたという歴史があります。
そういった背景を理解した上で、胃部(心下)の治療をより本質的なところから捉え直さなければなりません。
例えば、胃部の不快感を改善する処方をあげろと言われれば、かなりの数をあげることが可能です。10や20ではくだらない、たくさんの処方をあげることができます。
ただし、これらの処方のほとんどがある基本処方を原型としています。その基本処方の数はそう多くはなく、3つか4つほどに帰結することが出来ます。
プロトタイプともいえるこれらの基本処方を導き出すこと、そしてそれらの本質的な薬能を見極めることが非常に重要です。
そうやって東洋医学の本質に一度立ち返ってみる。そこから、古人が胃(心下)という部位をどう理解し、その働きを改善しようとしていたのかを知る必要があります。
吐くと、胃からは酸っぱい水が出ます。ということは、胃は食べたり飲んだりした水分をため込むフクロ・動くフクロとして認識されていたはずです。
であるならば、古人はその水と、その動きとのコントロールに着目したはずです。
あえて、そういった原始的な視点から考え直してみる。例えばこのような試みが、胃症状を広く包括して治療していく足掛かりになるのではないかと私は思うのです。
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■病名別解説:「胃潰瘍・十二指腸潰瘍」
■病名別解説:「慢性胃炎・萎縮性胃炎」
■病名別解説:「逆流性食道炎」
■病名別解説:「胃酸過多症」