■症例:鼻炎・血管運動性鼻炎

2024年04月01日

漢方坂本コラム

私の師匠は昔、会って間もない私たちに、

勉強会でこう言った。

「今までの常識を捨てろ」と。

基礎学習は教えない。

充分にやってきている君たちに、教えても意味がない。

その代わり、臨床応用を教える。

そのために、一回常識を捨てなさいと。

今想えば、

私の臨床は、あの言葉から始まったと思う。

師匠の言う通り、常識を捨ててから十余年、

その結果得たものは、私にとって大いに尊い。

あの言葉があったからこそ、今観えるものが確かにあり、

あの言葉あったからこそ、治せる人が確かにいる。

常識にケツを向けなさいという言葉は、

まるで頬をはたかれたような衝撃と伴に、

今もなお私にとって、記憶に残る名言の一つである。

夏の盛り。7月後半。

15歳の男子が、お母さまと一緒にご来局された。

中肉中背。寡黙な表情。

男子高校生然とした、礼儀正しい子である。

中学の頃から、鼻水が止まらなくなった。

花粉症というわけではなく、通年的に出続ける。

出る時はきまって体に異常が出る。

とにかく体が熱くなり、急激に鼻水が出て止まらなくなるという。

特に急に暑い場所に行った時、

そして雨など気圧の影響を受けることも多い。

鼻水が前からザーッと流れ出すと、

そのうち鼻がつまって、ティッシュでかんでも通ることがない。

一旦はじまると一日中続くこともままあり、

夜に始まれば、一晩でティッシュ一箱は普通に使う。

顔が火照ってのぼせ、それだけでも苦しい。

おそらく血管運動性鼻炎の類なのだろう、

抗ヒスタミン薬を飲むも効かず、

小青竜湯を飲めば少しは良いが、いつまで経っても完治はしなかった。

体格はどちらかと言えば頑強。

食欲もあり、食事はかなり食べられるほう。

鼻水が凄い時は少々だるくはなるものの、

パッと見、疲れやすいような体格には見えなかった。

本人も鼻の症状以外に、体調に問題はないという。

二便(大便・小便)正常、舌も正常の範囲内。

頭痛やめまい、動悸など、さらっと聞いた上では、身体上特に問題は見当たらない。

となると、鼻水の出方で決め手を見つけるしかない。

特有の症状で言えば、やはり「熱」だろう。

暑いところで顔がのぼせ、強力な熱感と伴に鼻水が止まらなくなる。

鼻をかんでも詰まりが取れないところを見ると、おそらく鼻腔粘膜の充血も強い。

熱証の鼻炎。そう考えて問題はなさそうである。

さて葛根湯加桔梗石膏か、防風通聖散か、

そう考える、これが常識で考えるということである。

しかしもう一度言う。私の臨床は、常識を否定することから始まった。

だから私は、熱証という考え方をしない。

熱証という考えだけでは、

おそらくこの鼻炎を止めることは難しい。

かつて江戸時代には、

病態把握から、寒・熱を捨てた臨床家がいた。

吉益東洞や、尾台榕堂。

古方派と言われた彼らは、寒熱を論じないと、はっきり提言した。

寒熱を病態把握の重要な位置づけとする伝統中医学。

その影響を色濃く受けた、後世派からのイノベーションとして興った彼らの医学は、

当時、非常に画期的なものだった。

だから、少し聞くだけでは理解することは難しい。

しかし、彼らには彼らの尺度があり、

よくよく見ると、決して単なる後世派の否定ではない。

より合理的に、より効果的に、人を把握し治すための術。

それを明確に示した。そして古方派は一時代、医学の礎になった。

もし彼らの言葉を借りるならば、

今回の男子高校生は、寒熱で論じるべきではない。

寒や熱は人がもともと備える現象にしか過ぎず、

寒も熱も極まれば逆転する。それが人である。

古方派の名医たちが、良く言葉にする概念がある。

「急」、そして「煩」。

これらは寒熱を捨てた彼らが良く使う尺度。

古方派は、病態の「急・緩」にしばしば着目した。

時に寒熱以上に的確な病態把握を可能にし、

「急」は高まればある時から「煩」になる。

その尺度で見ようとする。

すると今回の病態は、なるほど分かりやすい。

急迫的な病態に表れる「煩躁」。

熱を捨て、まずは病態をそう捉えてみる。

そして煩躁には発生機序があり、

石膏剤から始まり、茯苓四逆湯で終わる流れがある。

その流れの中に、今使うべき処方が隠されているとするならば、

より詳しく聞くべき要点が見えてくる。

それらのサインは、さらっと問うだけでは往々として聞き落すことが多い。

だからもう一度、身体症状の確認を行う。

なるほど、というリアクション。

すべての症状が、矛盾なく一本に繋がる感覚があった。

最初に出した薬は10日分。

そして著効である。

毎日続いていた鼻水が、半分以下に減った。

そして開始一か月後には、鼻水がほとんど出なくなった。

ただしまだ成長期。

おそらく波は打つだろうと予測し、そうお伝えした。

そして案の定、風邪を引いたり天候が不安定な時期に症状が顔を出す。

しかし本人は根気よくこの処方を続けてくれた。

今回の治療は単に鼻水を止めるにあらず、

鼻炎を起こしやすい体質自体を変化させていく治療だった。

長く続けることには想像以上の努力を伴うものの、

それを理解し、長服してくれた本人に心から感謝したい。

そして高校三年を迎える年、鼻炎はほぼ完治を迎える。

急迫的な鼻炎は、もうほとんど起こることが無かった。

漢方の基礎知識は、常識として大変重要である。

常識は時として強い。漢方治療では確実に言えることだと思う。

しかし、常識だけでは太刀打ちできないこともまた事実。

教えるタイミング、そして教え方、

胸に響くように伝えてくれた師匠に、私は感謝してもしきれない。

常識に背を向けても、

漢方には背かない。

それが師匠のやり方。

このバランス感覚を、常に磨き続けなければならない。



■病名別解説:「アレルギー性鼻炎・血管運動性鼻炎

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら