【漢方処方解説】葛根湯・葛根湯加川芎辛夷(かっこんとう・かっこんとうかせんきゅうしんい)

2026年03月12日

漢方坂本コラム

葛根湯・葛根湯加川芎辛夷(かっこんとう・かっこんとうかせんきゅうしんい)

<目次>

■葛根湯の正証

■出典その行間から見えるもの

■虚実・その尺度の本旨

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最も有名な漢方薬と言われたら、おそらく誰しもがこの薬を挙げるでしょう。

葛根湯。風邪薬として開発された後さまざまな病に応用され続け、現在においても日本の医療、そして文化に定着している有名処方です。

風邪のみならず肩こりや頭痛、また鼻の病にしばしば応用されます。鼻づまり・蓄膿症治療のために開発された葛根湯加川芎辛夷はその加減として特に有名です。

葛根湯は「発表剤」というグループに属しています。「発表」とは感染症の初期に用いる治療方法です。

菌やウィルスに侵襲されると体はそれを外に排除する反応を見せます。それを助けてスムーズに行えるようにして後、結果として汗をかかせる治療を「発表」と言います。

則ち葛根湯は体を温めて興奮させ、さらに汗を出させることで感染症を治す効果があります。

そして葛根湯には発表剤の中でも特に有名な適応症状があります。

項背が几几(きき)として強ばる。つまり項と背中がこわばって痛む様子、いわゆる「背中や肩の凝り」です。

葛根湯は肩こりに効く、という話を耳にしたことがある人は多いと思います。

そして実際に、葛根湯を飲んだら体がポカポカと温まって肩こりが和らぐという効果を感じる人もいらっしゃいます。

ですので間違いではないのですが、今回は敢えて反対の意見を言います。葛根湯を使用する際に、「肩こり」があるかどうかは関係ありません

むしろ無視した方が良い、と私は考えています。通説とは真逆のことを言っていますが、これにはちゃんとした理由があるのです。

一番の有名処方ですから、葛根湯の解説はどこにだって載っています。しかしここでは基礎を知った上で、基礎だけでは見えてこない葛根湯の素顔を紐解いていきます。

お読み頂ければ実際の臨床ではどう使うべき薬なのか、そのヒントになるのではないかと。

基礎とは多少ズレたことをお話しますので、あくまで一意見としてご参考にしていただければ幸いです。

葛根湯の正証

葛根湯が世に初めて出たのは漢方の聖典『傷寒論』に提示された約2000年前、その著者である聖医・張仲景ちょうちゅうけいによって作られたと言われています。

そして張仲景はその中でシンプルかつ的確に葛根湯の使い方を提示しています。

漢方の世界では創作者が提示した薬、その適応病態を「正証」と呼びます。葛根湯を使うべきど真ん中の証(病態)と言ったところでしょうか。まずは簡単にこの正証を確認してみましょう。

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【条文】
「太陽病、項背強几几、無汗、悪風、葛根湯主之」

太陽病にて項と背中が几几として強ばり、汗が無く、風を悪むもの、葛根湯これを主る

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太陽病とは「脈が浮き、頭と項とが強張って痛み、その後に寒気がする」という症状の流れによって発病する病です。葛根湯はそこからさらに、頭と項だけでなく、項から背にまで強張りが広がっている状態に使う薬として提示されています。

このことが葛根湯を肩こりに使う根拠です。さらに体が弱い人は抗病初期から汗が漏れやすく(自汗)、逆に体力充実している人は抗病中に皮膚が引き締まり汗をかかない(無汗)という現象があります。葛根湯の適応は条文の通り「無汗」ですから、抗病に対して充実した反応を起こせる体力のある人に使う薬であることがうかがえます。そこで、葛根湯の使い方はこう要約されています。

「体力中等度以上のものの次の諸症:感冒の初期(汗をかいていないもの)、鼻かぜ、鼻炎、頭痛、肩こり、筋肉痛、手や肩の痛み」と。

さて、ここまでが基礎。しかし基礎はあくまでも基礎です。

実際の臨床は応用の連続だと言っても良く、この条文とその基礎的解釈だけでは到底葛根湯を上手に使うことができません。

例えば風邪の初期に葛根湯を使いたくても、引き始めに強い肩や背の凝りを訴えている方はそれほどいらっしゃいません。

いなくはないが頻度は相当少ないと思います。すなわち肩こりを目標にしてしまうと、葛根湯はほとんど使えない薬になってしまいます。しかし実際にはそうではありません。

昔の名医は『傷寒論』を読む際にしばしばこう表現しました。行間を読むと。

文字面だけ追うのではなく、著者がその先その裏で何を伝えようとしているのかを掴む、という意味です。

そこで今回、その行間を少しだけ垣間見てみましょう。張仲景が伝えたかったことは「項背強几几」という症状ではありません。あくまで「人」を伝えたかった。視点を変えて、正証を紐解いていきます。

出典その行間から見えるもの

葛根湯の条文には「項背強几几」という文字が書かれています。葛根湯を使う時に着目するべき症状です。

しかし張仲景が本当に着目して欲しかったのは「項背強几几」という症状ではありません。

そもそも感染症の初期に、強い項と背中の凝りを伴う人とは、いったいどのような人なのでしょうか

本当に着目するべきはこの視点です。そして張仲景も条文の行間でそれを示しています。

風邪の初期に項背が強ばる人、それは実際にどんな人なのか。それは当然ながら、平素より首や肩や背中の筋肉が凝りやすい人です。

当たり前と言えば当たり前です。首・肩・背中が凝るというのは誰しもが日常的に起こしやすい症状であり、決して珍しいものではありません。

そして肩・首のこりの原因としては様々なものが考えられますが、最も一般的なものは筋肉の疲労によるものです。

日常的に肩腕の運動不足がある、座り作業など同じ姿勢で長時間いることが多い、机にずっと向かっているなど。筋肉の運動不足・筋力不足・過剰な運動・寝不足などによって、とにかく筋肉疲労が回復できていない人。

そういう方に肩こりはしばしば起こります。すなわち風邪を引いてすぐに強い肩・首・背中の凝りが起こる人というのは、普段から上半身の筋肉疲労が蓄積している人のことを指しています。

ただし肩だけ疲労しているということは通常ありえません。そういう人は運動不足や寝不足によって下半身や背中なども含めたからだ全体の骨格筋が疲れやすくなっています。

風邪の初期は交感神経の働きで上半身に血流が向かっていく傾向があるため、全身の筋肉疲労を起こしている人であっても特に背中や肩が凝りやすくなるのでしょう。

すなわちこれが「項背強几几」の正体です。感染症を発症する前からすでに、体、特に筋肉が疲れ、疲労が回復できていなかった人。これが「項背強几几」にて示したかった張仲景の狙いであり、その一側面です。

則ち葛根湯は、平素より筋肉の疲労を伴う人に使う薬だということ。元気な人であっても運動不足や寝不足などの影響で体が一時的に疲れることがあります。そういう日常的な疲労があり、その上で引いた風邪に適応するのが葛根湯です。

ただしこの時疲れている部位は、あくまで項背に代表される体の外側(骨格筋)であって、内臓ではないという点に注意してください。

普段元気な人であっても寝不足や運動不足、逆に運動の過剰によって体に疲労が蓄積することがあります。

そういう状態において使うのが葛根湯。つまり葛根湯とは、肩こりという症状を特異的に目標とするのではなく、「疲労を回復させながら治療する風邪薬」という解釈で使うことが正解です。

すなわち葛根湯には疲労回復の薬能が備わっています。内包する葛根は肩こりに効くという解説がされていますが、私から言わせれば葛根はそうではなく、単純に滋養の薬です。疲労している体に染み込む、夏場にサラリとおいしいクズの根です。人参などに比べてその質が軽いため、発表を邪魔することがありません。

つまり葛根湯には体力の消耗を予防する効能があることから、比較的穏やかに効かせることのできる薬であるともいえます。市販薬として多く流通し、「葛根湯医者」と揶揄されるほどに風邪を引いたらとりあえず葛根湯という使い方が許されているのも、この方剤が持つ穏やかな性質を考えれば頷けるところです。つまり比較的安全かつ簡単に使いやすい薬です。

ただしその疲労とはそもそも胃腸が弱いとか、体重・筋肉量がそもそも少なく平素より体が弱いという状態ではありません。葛根湯は麻黄剤という交感神経を高める薬に属しています。故に体の弱さとともに自律神経が乱れている方では、不眠や動悸などが悪化しかねないので注意が必要です。

虚実・その尺度の本旨

まとめとして、行間を読み解きつつ葛根湯条文を意訳すると以下のようになります。

「風邪を引いて脈が浮いて寒気を生じた後に、頭と項がこわばって痛むだけでなく背中まで凝り詰めて痛む者は、普段よりも体が疲れて筋肉疲労が蓄積していたからである。ただし汗が漏れていなければ、そこまで体力は落ちていない。その場合は麻黄を含む発表剤の中でも滋養の効果のある葛根湯を使いなさい」

虚実は体力の有無を図る尺度です。しかし虚だ実だとはっきり二分できるものではありません。

あくまで虚と実という両端をもったグラデーションの中で判断されるものであり、虚実の間に無数の濃淡をもった病態があります。

そして、そこに対してきめ細やかに配慮しなければ漢方薬は効いてくれません。それを一番最初に、最も明確に提示したのが張仲景です。

すなわち「虚実を細やかに把握しろ、発汗により決して消耗させるな」、これが葛根湯の条文の行間に秘められた張仲景からのメッセージです。

葛根湯は単に実証の薬ではなく、実中の虚に対応するべく作られた方剤。故にその骨格が桂枝湯になっています。そして桂枝湯とはそもそも「尊栄の人(※)」に親和性の高い薬です。

元気に働いていた人が年末忙しくて疲労した結果、ぶるぶると寒気を発して後に熱が出て風邪を引いた。そんな時はまずは早めに葛根湯を服用してください。未だ体力があれば熱が出る前でもかまいません。飲んだら温かい格好をしてすぐに寝ること。短絡的に聞こえるかもしれませんが、葛根湯の使い方はこれで正解です。

煎じ薬ではなくエキス顆粒剤であればさらに効果は優しくなります。そうなると無汗にこだわる必要さえ無くなってきます。葛根湯の良さはこの的の広さにあります。ただし胃腸の弱い方や心疾患を抱えた方、またご高齢の方や体力が著しく落ちている方、自律神経に自身の無い方などは安易に服用せず、専門の医療機関にご相談ください。あくまで虚といえども実中であることを覚えておいてください。

そして優しい薬である反面、病の勢いによっては葛根湯の穏やかさでは対応できない場合もあります。つまり葛根湯ではぬるいケース。より強く、より鋭く効かせなければいけない場合もあります。

その時に使う方剤が「麻黄湯」です。この先は【漢方処方解説】麻黄湯に続きます。

※尊栄の人:高い身分にあって頭脳を働かせ肉体労働をしない、いわゆる運動不足や寝不足などを起こしやすい人という意味。



■病名別解説:「首・肩・腕の痛み・しびれ(五十肩・頚椎症・頸椎椎間板ヘルニアなど)
■病名別解説:「腰痛・足の痛み・しびれ(脊柱管狭窄症・腰部椎間板ヘルニア・ 坐骨神経痛など)
■病名別解説:「副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏
■病名別解説:「頭痛・片頭痛
■病名別解説:「アレルギー性鼻炎・血管運動性鼻炎

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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。